一体いつからこうだったのか、最早思い出せないレベルで長いこと多忙だった。毎日毎日追われて追われて、こなしたと思えばまた次の仕事…

 

そんな息切れするような期間もようやく落ち着いてきたから、少し遅めの夏休みをまとめて貰いました。

 

海外だとか、そんな華やかなものではないけれど。ひとり、ひっそりと旅行をしてくるよ。

 

スケジュールはゆるめに、余裕をもって。睡眠時間はたっぷりとって、朝は極力早起きしない。

 

そんな、本当に「ちょっと息抜き」な旅行にする予定。

 

とはいえ、ここは絶対行ってみたい!って場所もあるから、そこはしっかり、逃さないように。

 

帰ってきたら、また報告します。

 

 

ピグのお部屋をもっとカスタマイズしたいなぁと、いろいろイメージして楽しんでいる今日この頃。

というのもね、来月はお待ちかねのボーナスがあるでしょ。だから思い切ってお部屋を広くして、家具を充実させてみたいなぁとか思ってるんだよね。

お前のボーナスの使い方それかよ!って呆れられちゃいそうなんだけどさ、だって私には他に大した娯楽というか趣味というか…がないんだもん。

まず九州南部という田舎だからお金を使うような場所がないし。職場も典型的な公務員体質の個人主義で、仕事帰りに「飲んでく?」みたいな職員間の付き合いも皆無だし。そもそも周りは一回り以上年上の方ばっかりで全然一緒に遊んだりするような間柄の人もいないし。

本当、毎日毎日職場と家の往復だけ。土日は(今の所)土曜日は資格取るために講座に通って丸一日潰れるから、日曜日は食料品の買い出しと、翌日からのお弁当のおかず大量生産して終わっちゃうし。

とにかく、現時点の私には、特段お金を使うような機会がないのだ。

だから幸いにも毎月こつこつ貯金はできている。それって本当に大切なことだとも思う。

でもさ、それだけじゃつまんない。と、私は思う。

なんていうか…お金ってある程度は「使う」ということをしないと、働いている意味がないんじゃないかな。働くという行為が、お金を稼いでくるという行為が本当に「生きていくためだけ」でしかなくなってしまったら、何というか…人生が味気ないというか…。「最低限の生活維持」ということ以外にも使いどころを持っているからこそ、やりくりを工夫したり、もっと頑張って稼ぐんだ!っていう張り合いが生まれてくるわけで…。

で、そういう「最低限の生活維持」以外の使いどころというのが、今の私にはあんまりないわけで。

だから、辛うじて趣味と呼べるピグに投資してもいいかなぁと。

当たり前のことだけど、全部使ってしまうなんてそんなバカタレなことはしないよ。あくまでも大部分を占めるのは貯金。ほんの一部を娯楽に回すとしたら、ピグでもいいなぁと思っただけ。

で、そう考えると、いろいろわくわくしているわけで。

私の好みは「和風」か「外国の田舎風」。要するに、あんまりキラキラ派手派手していない、ちょっともっさりとしていて、だけどあたたかくて生活感のある落ち着いた感じが好きなのだけど。

どんな風にしたいだろう…がっつり和風で、囲炉裏なんかがあるのもいい。でも、カントリー調のかわいい感じも捨てがたい…もしお部屋を広げるとしたら、ころちゃんとぺろちゃんのスペースも作ってあげられたらいいな…などなど。

方向性が定まったら、アイテムを吟味して予算を組みたいのだけど…これもまた迷いそう。

結局、なんだかんだで決めきれずに現状維持してしまいそうな予感もある。

でもやっぱり、たまには「無駄なことにお金を使う」というのも、いろいろわくわくして、楽しいもんだなと思うのです。

厳密な日付は分からないけど、私がピグで遊び始めてから、先月でちょうど1年だったと思う。

作業ゲーが大好きな私に、お友達が「作業ゲー好きならピグのゲームやってみたら?」と教えてくれたのが、去年のこと。月日の流れるのは早いもので…あっという間に1年が経ち、今でも順調にライフとワールド、そしてぼちぼちカフェを楽しませてもらっています。

そんなピグゲーム「ライフ」と「ワールド」ですが、ユーザーの間でよく、次回告知がされるたびに「このイベントは嫌だ」だのなんだのとブーブー言われているのを目にします。それについては正直、嫌なら嫌でいちいち文句を垂れずに黙って参加しなければいいだけの話では…?と内心いつも思っているのですが、それはひとまず置いといて。

その「これは嫌い」「これは好き」というのが人によってはっきり分かれるところが、面白いなぁと思うのです。

かくいう私も、得意不得意は完全にはっきりしていて、それは参加レベルに如実に反映されています。

ライフなら、圧倒的に得意なのが『動物の子守り』。逆に苦手なのが『酒場納品』。そして未だにうまくやり方が掴めていないのが『グッドファーマーズフェスタ』。

先に挙げた二つの何が違うのかというと、「運」の与える影響の大きさの違いだと私は思っています。

酒場は、「レア作物の出現率」だけでなく「切手の出現率」も関わってくる(しかもかなりイベントの進行度を左右する)でしょ。それが私はじれったくてモヤモヤするのです。

確かに動物の子守りも「『レアなおねがい』『ふくろうのおねがい』の出現率」という運要素があるのだけど、酒場の切手出現率ほど影響は大きくないと思うのです。

イメージ的に、動物の子守りが「一発逆転を狙える」とすると、「地道に積み重ねていくしかない」酒場。そう考えると、運に左右されるというシステムがより重くのしかかってくるのは酒場の方なのではないかなぁと。

だから私は、もちろんその時の報酬アイテムの好みというのが大前提として、それを加味したうえで動物の子守りのときは割とレアクエストまで頑張るのですが、酒場の場合はノーマルクエストまでで終わって、あとはぼちぼち通常クエストを進める期間にすることが多いです。

そしてグッドファーマーズフェスタはというと…確かこの前の黒猫ゴシックで3回目(多分)だったと思うのだけど、未だに攻略方法がイマイチ掴めない…そういうわけで断じて「得意」とは言えないのですが、しかし、イベントとしては好きな部類に入ります。

それは何故かというと、「色んな作物が作れるから」ということに尽きます。他2つのイベントだとお庭全部が一種類の作物になくなってしまうので少々味気ないのだけど、グッドファーマーズフェスタだと4種類の作物を植えられるので、比較的お庭がにぎやかになるから気に入っているのです。

とはいえ、やっぱり早く自分なりの攻略法を見つけたいものだ…社会人になってしまったので、なかなかじっくりと研究できないのが難しいところだけど。

ライフの話はこの辺にして。

ワールドなら、得意というよりも圧倒的に好きなのが『SP観光客』。『観光名所建設』と『探偵』に関しては、どちらとも言えないな。

SP観光客が好きなのはひとえに、「住民を増やすことができるから」。市長としてはそりゃやっぱり、新しい住民が増えてくれるっていうのが一番うれしい。それに「SP」というだけのことはあって、毎回何かと個性的な、すてきなキャラクターばかりだから。ぜひぜひ、私の街にお迎えしたい…!と、俄然やる気が出てくるのです。(リアルの都合でほとんど参加できなかったクワ王&キヨーナのときは、クワ王をお迎えすることができずに咽び泣きました…)

残りの観光名所と探偵は、なんとも言い難い。特に観光名所は、システム的にはほぼライフの動物の子守りと同じで単純なので、決して苦手なわけではないのですが。強いて言えば「もう土地がなくなってしまった」ので、観光名所イベからは撤退せざるを得なくなった…といったところでしょうか。

観光名所、見栄えも良いし一気に人口も増えるので良いのですが、あのイベントに参加するといかんせん土地が一気になくなっていく…だから私は割と早い段階で、「もう観光名所イベにはこれ以上参加できないな…」と諦めたのです。

でも、前述したように単純な仕組みでストレスも少ないので、そのうちものすごくものすごく好みのものが出てきたときには参加するかもしれないなぁ。

そして探偵も微妙なところ。というのも探偵は、ワールドのイベントの中で最も「金さえ積めばどうとでもなる」ものだと思っているからです。

どういうことかというと。

「各探偵の出現率」「捕獲大成功」という運要素が、「手配書」「ツカマエール」というアイテムによって解決できるでしょう。

だから私は、探偵イベントは「金さえ積めば」、最も容易く目的を達成できるイベントだと思うのです。メイン/レアクエストの進行にしても、ランダムクエストの達成にしても。

求められる運の要素が、全てアイテムによって解決できる。金さえ積めばいいのです。

だから、難易度としては「易しい」と言えるのだと思う。

とにかく完全クリアを目指したい!そのためには金は惜しまない!というつもりで参加した場合には、恐らく最も容易く目的を達成できるはずですからね(実際に私は、『雪国のお茶屋さんを守れ!』の時にはお金を惜しまなかったので、山ほどの茅葺屋根のおうちやデコレーションを入手することができました)。

だけどそれと同時に、現実的に考えれば最も「世知辛い」イベントなんだよなぁと、私は思っています。

そういう意味で、「なんとも言えない」の部類に入りますね。

だけど、参加することで住民との仲良し度を大幅に上げることができるというのは素晴らしいと思っています。イベント報酬を求めないとしても、仲良し度アップのために参加する意義はあるよなぁと。

…というわけで、私の場合はこんな感じ。

なんだかダラダラと書き連ねてしまったけれど、まぁ要するに、誰にだって得手不得手はあるわけで。そしてそれは絶対に、みんながみんな同じなどということは有り得ない。

それってつまり「みんなちがって、みんないい」ということなのだと思います。