結局22時半過ぎくらいまで眠れず、長い夜を過ごした。起きてみたら外は明るく、時計は5時8分を指していた―。

朝5時から朝食を食べ始める予定だったのに、早く起きねば。慌てて父を起こす。朝食も栄養たっぷりでありがたい

 

小屋の一角からは富士山がちょこんと顔を出している。今日も天気はいいようだ。

 

大門沢小屋5:52→広場9:45→大門沢下降点10:45

これまでの道も急登だったが、さらに激しい急登となる。日差しが出ると暑いため、今日もスポーツドリンクやジュースがどんどん減っていく。

樹林帯に入る前に、思い切り日向に出たからなお苦しい。ペースは上がらず、どんどん追い抜かされる。

結局、樹林帯を抜けた先に到着した時点で、1時間以上タイムロス。この日は北岳山荘に宿泊予定だったが、午前10時を前にして早くも到着は困難な状況となった。おまけに水も足りない(滝汗)

ということで、早々に北岳山荘宿泊を諦め、手前の農鳥小屋に宿泊先を変更することとなった。山に来れば涼しいと思っていたが、標高が上がっても依然として暑い。空気は冷たくなっていても、登っているときの人間の身体は熱くなっているのだ。樹林帯もひたすら木の根と岩で足場が悪く、気が抜けない。

ハイマツ帯の中を何とか登り切り、大門沢下降点に到着。ここからは稜線の上をずっと歩いていく。急に遮るものがなくなり、強風が吹きつけてくる。涼しくなったはいいが、歩きづらい・・・

 

大門沢下降点10:45→農鳥岳12:00,12:08→西農鳥岳13:13,13:16→農鳥小屋14:15ごろ

いくつかのピークは巻いていくが、農鳥岳への登りはなかなかのもので、踏ん張りどころが何か所かある。農鳥岳は100名山ではなく200名山であるが、眺望は大変よかった。天気がいいので、周囲の様子もよくわかる。記念撮影をして、先へ進む。

 

農鳥岳と西農鳥岳の標高差はわずかだから、さらっと行けるだろうと踏んでいたが、大きな間違いだった。アップダウンが随所に控え、体力を消耗する。3000m超の山々の洗礼を受ける形となった。天気が良く、どこでも景色を楽しめたのが唯一の救いである。

 

正面には間ノ岳が姿を現した。西農鳥岳と間ノ岳の間のくぼんでいるところに、赤い屋根の農鳥小屋がある。今日はあそこまで下りていくのだ。

西農鳥岳に着いたころから、また風が強くなった。一向に止まず、15分ほど岩につかまって様子を見ていた。早く小屋に着きたい・・・

何とか通り抜け、農鳥小屋に到着。体力も水もここまでは足りたのでホッとした。

 

農鳥小屋は、噂通りの強烈な小屋だった。ここの小屋主は偏屈だと聞いていたので、緊張が走る。

受付を済ませると、小屋主は「そこにお湯がセットしてある。インスタント飲料の粉があるから、自分のマグカップで好きなだけ飲んでいい」

とのこと。え、いいんですか!?

強風で身体が冷え切っていたので、ありがたくアップルティーとコーヒーを頂いた。寒さでも疲弊してたから本当に助かった。ありがとう小屋主さん。

この小屋は、この周辺でも貴重な宿泊ポイントであり、かつ水場ポイントでもある。水場までは往復40分かかるが、たくさん休ませてもらったので何とか水を調達しに行くことができた。冷たい天然水で本当に美味しい(^^)/

明日挑む間ノ岳も、遠くに見える富士山も、とても美しい・・・

 

夕方になると、富士山が赤く染まった。小屋主が「景色の変化を楽しみな」と言ってくれた。夜になると、甲府盆地の夜景がきらきら光っていた。はるか北東のほうでは、数秒ごとに稲光が光っていた。

 

ここでも17時に夕食となった。17時ごろに小屋に着いた方が2組(単独行+2人パーティ)いたが、着くなり小屋主が説教していた。

この小屋主、登山者を本当に思いやる方なんだなーと実感。山は一歩間違うと命にかかわるので、山小屋の人は一般的に、安全でない登山をしている人には厳しいものである。偏屈な一面はあったが

煮干しのダシが効いた具たくさんの味噌汁・山菜に高野豆腐やきのこ。野菜と塩分をたっぷり補給できました☆

「明日は4時15分から朝飯にするぞ、朝3時半にお湯を持ってきてやる」と小屋主。朝5時には出ないと、広河原に最終バスまでに下山できない状況だったので助かった。

ほかの宿泊者は全員奈良田へ下りるらしい。どちらにしても行程も長く、厳しい道のりである。

夜景をちょっと楽しんでから、就寝。疲れてた人もいたので、小屋主が19時に消灯した。やっぱり眠れない。お月様が煌々と輝いていて、富士山をシルエットで映し出していた(続く)