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古古古米
2021年以来の「新作」投稿です。
ということは、奇しくも今回放出される「古古古米」の生産年度以来ということか!
(本当に偶然です・・笑)
さて、メディアでは「古古古米」について盛り上がって?いますが、、
このワードを耳にして思い出したのが、社会人の第一歩、新卒で就職したゼネコンの「自衛隊研修」です。
1991年の4月。
関東の駐屯地へ、確か3泊4日くらいで新入社員全員が「研修」に行くという、今の時代ではちょっと考えられないようなものでして、、
ただ、最後の学生スキー合宿から下界に下りたばかりの私にとっては、体力的にも環境的にもむしろ快適だったことを記憶しています。
「研修」では、駐屯地内の寄宿舎?というか雑魚寝スペースに寝泊まりをし、風呂や食事は自衛隊員の方々と同じ施設を使い、生活をします。
そして、そこでの食事。
なんと、「古古古米」だったのですね。
「古米なんてぜいたく品、古古米どころか、古古古米も使っています」との説明があったことが思い出されます。
周囲の同期入社生たちは、不味いだのなんだの、文句たらたらでしたが、、
もともと、どんなものでも、それなりの「おいしいさ」を見つけ出し、美味しく頂くことをモットーとする「食いしん坊」であるうえに、毎日が肉体的なハードワークで空腹感も半端ではなかったため、ごはん「特盛」にしてがっつり食べておりました・・笑
まあ、というわけで、「古古古米」だって、食すにあたって何ら問題ないですし、そうやって自衛隊員の方々は召し上がっていらっしゃるわけで、ことさら強調することもないのかな?という思いです。
あわせて、そもそもなんで「コメ」だけがクローズアップされている世論に政治があまりにも滑稽に感じずにはいられません。
「コメ担当大臣」のお父様の時代の「小泉劇場」並みの茶番劇?
テレビ離れがかなり進むなか、いまだにこんなワイドショー的世論形成がなされ、「劇場化」することには驚きさえ覚えます。
また「5キロ2,000円」とかの話もありましたが、30年前、生協で売られていた標準米でも10キロ5,000円していたわけで、そこからの物価上昇率とか考えたら、そもそも5キロ3,000円以下で流通していたこと自体が異常なのでは?ですし、生産者価格は標準米なら60キロ10,000円を切る価格がずーーと続いてわけで、精米コストや物流コストがあるにせよ、そもそも流通過程での値入率もどうだったんだか?
とかとか、ともかく突っ込みどころ満載の「茶番劇」にしか見えません・・
食料安保、根本的な日本の産業構造、人口構成のあるべき姿、、
グランドデザインがあるなかでの農林水産行政がなされるように、マスメディアの方々も「茶番劇」を生まないよう、気をつけて頂きたいと思う、ここ数日です・・
”BRICS銀行”
今般のSWFT停止制裁の話から、思い出した記事です。
実に8年前の「予感」が現実になるきっかけになるのか、単なる杞憂?というか微妙ですが…になるのか、、
いずれにせよ引き金としては乱暴と言わざるを得ない事態ではありますが…
感染症対策という曖昧な概念
約7年ぶりの新規記事、8年超ぶりの「曖昧な概念」シリーズで、です。
政治的な要素が多分に絡む内容なので、公私ともに発言を避けてきましたが、、
基本的な経済政策に関連することゆえ、テーマ「経済世論一般」にて。
巷では、飲食店の営業自粛についてとか、ワクチン接種の順番についてとか、さらにはこの期に及んでのオリンピックの開催是非についてとか、足下の問題についての議論が渦巻いているところですが、それについてはとりあえず触れず、もう少し本質的な部分で「??」と思うところについてです。
そもそも「感染症対策」ですが、
・感染拡大を阻止すること
に加え
・感染した場合にきちんと治療すること
さらには
・重症化や致死の回避をすること
に分けられるものと思われます。
故に、自治体等のモニタリング項目は
・新規感染者数
に加え、
・重傷者患者数、死亡者数
・病床使用率
といったあたりが重要指標として採用されているものと考えます。
その前提で、まずは「感染拡大の阻止」からです。
つい最近、「感染対策の切り札」と言われるワクチン接種(1回目)を受けて参りました。
そのなかで、ふと目にした留意事項。
どうやら、ワクチンは「感染症対策の切り札」というものの、「感染した場合の発症を予防」の為のものであって、「感染拡大の抑止」の切り札になるかどうかは「まだわからない」、ということのようです。
加えていえば、現状では「感染者数」=「PCR検査陽性者数」ということになっていますが、よく言われる「偽陽性、偽陰性」が反映されないという問題もさることながら、そもそも「無症状」の「検査陽性」の人を含む数値を議論することの意味については「論点の曖昧さ」を感じざるを得ません。
例えばインフルエンザであったら、そもそも症状がなければ、検査を受けることさえできないわけですし、過去のSARS等々感染症において無症状者を対象とした大規模な検査実施など聞いたことがないなか、無症状者をカウントした「PCR検査陽性者数」で一喜一憂する世論もどうなんでしょう?の印象です。
次に、「きちんと治療すること」についてです。
コロナ禍初期においては、ワクチンの話よりも「特効薬」についての話題の方が多かったと記憶していますが、最近ではすっかりその話は耳にしなくなりました。
もとより、「感染者数ゼロ」を達成した感染症は天然痘だけ、と言われているなか、感染した場合の治療薬の開発、認証の議論が置き去りにされていることは、感染症対策としては片手落ちの印象を受けざるを得ません。
さらには「重症化、致死の回避」です。
たびたび「医療の逼迫→医療崩壊により助かる命が助からなくなる」というリスクが語られ、故に「コロナ専門病床使用率は50%を超えると危険」という指標提示がされているところです。
が、しかしです。
そもそも、日本の医療機関における「病床使用率」は政策によって約80%にコントロールされている、という実態についての議論を耳にしたことはありません。
ちなみにこちら、厚労省HPのデータアーカイブから取得した病床総数と病床使用率の推移をグラフ化してみたものです。
病床数は90年代後半から減少、そして病床使用率は2006年を境に急落、その後もう一段の下落をしたうえで微増という推移です。
思い起こせば2006年=平成18年においては大がかりな医療制度改革法案が成立、医療費の抑制を目的に、一般国民に対しては自己負担割合の引き上げや、初診における「かかりつけ医(開業医)」の利用の推奨等々、医療費の抑制策がとられ、そして医療機関に対しては、慢性期患者の長期入院を排除し、病床数の削減を図るととももに、急性期患者を中心とした病床使用率を高水準に保つことをもって、病院経営の安定化、延いては医療費抑制を図った時期と記憶しています。
つまり、政策により、病床使用率は約8割、とコントロールされているため、今般のコロナ禍のような「予期せぬ病床需要の急増」には、もともと対応できない状況にあった、と思わざるを得ません。
政策も世論も「感染症対策」について、さらにはあらゆる危機管理体制についての本質についての定義も議論もしないまま、「曖昧な論点」をもって、個別事象についての堂々巡りをしていると感じてしまっているのは少数派なのでしょうか・・・


