走る時に考えたこととJ-WAVEの思い出
1月18日(日)。朝から晴れた。思っていたほど冷え込まず、暖かさを感じる日だった。昨日は、休日出勤の必要がなくなり、休みとなった。少し寝坊して、遅い朝食をとった。洗濯など終えて、外で妻と昼食をとり買い物をした。そして、夕方には走りに出た。昨年の11月から、上の写真のようなウェアラブルのLEDライトを手首に着けて走っている。夕方、暗い時間帯なので、ドライバーや歩行者などに、遠くからでもわかるようにと購入した。もともと、そういうものが欲しいと思っていたが、ドン・キホーテで処分品みたいなところに300円台くらいで置いてあったと記憶している。本来は靴の踵などに着用するものらしいが、手首の方が全方位から見えやすいと考えて手首に着けることにした。いつものコースを走ったが、二の腕にLEDライトを着けたウォーキングの二人組を目にした。実は、LED着用のランナーやウォーキングをする人々を目にするのは、これが初めてではない。私が着け始めて、しばらくして、LEDを着用した人達を目にするようになった気がしている。そんな影響力が私にあるわけないが、そんな気がするのだ。私が着け始めた頃は、光っているのはせいぜい散歩している犬の首輪くらいだった。だから私も、LEDを着け始めた当初は「自分も遠目にデカい犬と思われるんじゃないか?」などと考えたものだった。私が恥ずかしげもなく、LEDを着けて走っているのを見て、他のランナーの方達が「アリなんだ。」とやり始めた可能性は、もしかしたら、ある。だが、一方でもう一つの仮説の可能性も考えてる。それは、私の「立場や境遇の変化がもたらす認知」というものだ。これは、別に専門用語でもなんでもなく、私が勝手に思っていることだ。私事で恐縮だが(日記で私事を開示することに恐縮する人はいないが)、資格を取るために鍼灸学校に通い始めた頃のことだ。やたらと自分の生活域に「鍼灸院」や「マッサージ院」が目につくようになった。時は流れて、結婚して子供が産まれた頃、やたらと赤ちゃん連れの人達が目につくようになった。「少子化って言われているけど、本当?」と思ったくらいだ。要するに、「人間は、自分に何かしらの変化があったり、何かしらを始めた時に、周囲に自分と同様の属性や境遇のものを認知するようになるのではないか?」という私の仮説だ。もともと、自分の周りには居たり、あったりしたのにスルーしていたものや人が、自分がそう言ったものに関わったり、同じ境遇や立場になったりした途端に自分の意識に捉えられるようになり、認知するようになるのではないか、と勝手に考えている。今回で言えば、以前から暗い時間帯にLEDを着用して走ったり、歩いたりしている人はいたのかも知れない。それに私は気づけずにいた。そんな中、私が思い立ってLEDを着用して走り始める。その途端、私は自分と同じくLEDを身体のどこかに着けて走ったり歩いたりしている人たちを認知し始める、という具合だ。人間の認知の「癖」として、それはあるように思える。あまり嬉しくないが、「衣装かぶり」も、その例ではないかと思える。駅や街の雑踏の中、自分と同じ服を着ている人に気づけるのは、同じその服を着ている自分のような気がする。気まずいが、おそらく気づいているのも気にしているのも同じ服を着た同士の当事者たちだけのように思う。LEDランナー・ウォーカーが私の模倣なのか、私の認知の変化によるのか、結局、結論は出ないが昨日、走りながらそんなことを考えた。そして今日は三男の所属するサッカー部の試合で午前中に出かけた。彼は、入学後の入部からサッカーを始めた初心者なので、今回は出番なしながら、チームは勝利できた。来年度、2年生に上がってからの活躍に期待したい。試合から戻って、昼食をとってコーヒーを飲んでから髪を切りに行った。今回から、三男が行っている店に変えることにした。これまで10年ほど、同じ美容室に通っていた。今回、毎度の三男の仕上がりが良いのと、それでいてリーズナブルなお店ということで、年が改まるタイミングで、変える決心をしたのだ。特に今まで通っていた美容室に不満があるわけではないが、4月から、順調にいけば長男は大学生、次男は高校生。 経済的な面も動機にはなった。ちなみに新たに行ったお店は理容室なので、20年以上ぶりに顔を剃られる感覚というのを味わった。そしてカットも、私の髪質を考慮して、髪型の提案もしてくれた。私は、結構なクセ毛で、その上つむじが2つあり、理美容師泣かせなのだが、上手く切ってくれた。このまま、このお店に通おうと思う。このお店では、店内でラジオの J-WAVEが流れていた。2年前まで勤めていた治療院がそうだった。今日は治療院の勤務日と同じ日曜日。カットされながら、あの頃に患者さんを施術しながら聞いてたクリス・ペプラーの100曲カウントダウンを懐かしい思いで聞いた。思えば、治療院を退職してから1年以上の月日が経った。あれから、休日出勤はあるものの、自分の時間や家族との時間は増やせたと思う。ふと、そんなことを思い返した休日だった。