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清多夢クラブ

ランして、歩いて、観て思うことを・・。

 アジサイが本格的に咲いていない時期、つまり梅雨前を初夏とする。近隣の初夏を映し出すのは、やはり花だ。いろんな花を観て、季節を感じて散歩する。涼しい朝がいい。時折、夕日と雲を見る夕散歩もあるが・・。飽きが来ないように、東西南北ルートを考えている。卵とブラシを見つけた。白いキミガヨランと赤いブラシノキだった。

 鉄道沿いの緑地に、近くの住民が植え手入れしている花畑がある。いろいろな花の種類がパッチワークのように、散歩道脇に配置されている。また、流山市は、農村と都会が同居している街なので、大きな住宅の生垣や道路沿いに花が植えられている。なかなか花の名前が出てこない今日この頃。覚えてもすぐ忘れてしまう。

 自宅に戻り、パソコンに「花の名前は・・」と質問し、撮影したものを入力すると、画像と名前が複数提供されるので大変便利だ。マイクロソフト社が提供しているcopilot(コパイロット)だ。「共に操縦」しようとの意味。ユーザーの作業を副操縦士のように補佐してくれるAIアシスタントだ。
 

写真1 キミガヨラン(君が代蘭)。

 

写真2 ブラシノキ(花槙、金宝樹)。

 

写真3 鉄道沿いの緑道(花散歩道)。

 

写真4 ヒルサキツキミソウ(昼咲月見草)。

 

写真5 ジャーマンアイリス(ドイツ菖蒲)。

 

写真6 バラの生垣とナデシコ、早咲きコスモス。

 東京建築祭で、慶応大学三田キャンパスに保存されている「慶応義塾図書館旧館G7」を訪れる。JR田町駅から徒歩10分、国道1号線に聳える「慶応東門」から大学に入る。オープンキャンパスになっている。荘厳な造りのアーチ門の階段を上って、旧図書館の外観を見る。入館を待つ長い列が出来ていた。

 慶応義塾の創設者はご存じ、福澤諭吉。図書館の希求していた。没後10年後、慶応義塾創設50周年記念として、明治45年に図書館は完成している。外国人の手を全く借りずに作られた洋風煉瓦館。関東大震災と戦火を生き抜く。昭和45年に国の重要文化財に指定。その後、約2年半の耐震改修と保存修繕工事を経て、2019年リニューアルする。

 旧館前の広場に、本を開いた形をした石碑の鎮魂モニュメントがある。「還らざる学友の碑」とある。「君の志は われらが胸に生き・・」の一文が刻まれている。学徒動員で没した学友を偲んだもの。慶応大学は、3500名が出陣して、そのうち2200名余りが帰らぬ人になる。猛暑の夏がやってくる。今年で終戦記念日が81回目・・。
 

写真1 慶応大学三田キャンパス東門。

 

写真2 慶応義塾図書館旧館[国の重要文化財]。

 

写真3 日本人のみで建築した洋風煉瓦館。

 

写真4 正面玄関とそのホール。

 

写真5 精緻な階段と石柱とステンドグラス。

 

写真6 福澤諭吉像と「還らざる学友の碑」

 万国橋近くのアパホテル・リゾートに宿泊した。ホテルからの港夜景と準温泉(大浴殿・玄要湯)を楽しんだ。高層みなとみらい側の部屋なので、横浜ハンマーヘッド、ワールドポーターズ、クイーンズスクエアを望むことができた。ガラス窓越しではあるが、美しい夜景を見つつ、眠ることができた。[撮り溜めた写真から]

 ホテルロビーは、シャンデリアと天井-上部側壁に長格子の明かりで煌びやかな空間。チェックインカウンターが15カ所以上あるので、空港のチェックインカウンターのようだ。端末操作で簡単で手続きを終えた。エレベータを利用して3階レストランのホワイエ(客溜まり)等を見て回る。

 朝早くにチェックアウトする必要があったので、朝食は1階の「アパ社長カレー」でとる。アパホテル発祥の地、石川県の金沢カレーをベースに千切キャベツを添えたカレーだという。横浜なので、「しゅうまいカレー」をおいしく頂いた。そしてJR桜木町駅へ向かう。
 

写真1 アパホテル(横浜ベイタワー)。

 

写真2 ホテルからの夜景。

 

写真3 部屋の窓辺夜景。

 

写真4 ホテルの内観 ロビー、ホワイエなど。

 

写真5 大浴殿玄要の湯。

 

写真6 朝食に「アパ社長カレー」を頂く。

 江戸川土手を朝散歩する。土手が濃い緑色に覆われている。春から夏へと季節が一気に動きだした。遠くに見える富士山の冠雪は、間もなく消えて行く・・。[撮り溜めた写真から]

 この時期、土手の草花「ムラサキツメクサ(紫詰草)」が群生していた。この花は、日当たりと水はきの良い場所に生育する。紅紫色の小さな放射球形の花をつける。ツメクサの由来は、乾燥させた草花を、船便の緩衝材として詰め込んだことによる。花言葉に、「善良で陽気」がある。

 散歩に出かける前に、家庭ゴミを出した。この「市指定ゴミ袋」がスーパーから消えた。ナフサショックで「精油化学の米」と呼ばれるナフサが不足ないし目詰まりしている。「ナフサ」と「ナスカ」とが区別できない年寄もいる。ゴミ袋までが入手困難に状況に陥っている。市は、臨時措置として、6月末まで指定以外の袋の使用を認めている。
 

写真1 初夏の空と雲。

 

写真2 冠雪残る富士山。

 

写真3 初夏濃緑の富士。

 

写真4 江戸川に広がるムラサキツメクサ。

 

写真5 紫詰草越しの富士。

 

写真6 土手の草花、ツメクサに蝶が休息。

 東京都内で開催されていた「2026東京建築祭(5/16から5/24)」を観て回っる。今年で3回目となるが、年を重ねるごとに見学できる建物が増えている。特別公開・特別展示する案件は70件。小生は、2日間で10建物を訪ねた。見学者には若い人も多い。設計やデザイン、そして歴史・文化に触れあう事ができる。

 皇居北の丸公園に建つ「旧近衛師団司令部庁舎」(B4)を訪ねる。開館10分前に並んだが、約40分間待ちに。当該建物は、明治43年(1910年)に竣功した、レンガ造りのゴシック様式の建築物。正面玄関アーチの両脇の四葉飾りの円柱。そして外壁を補強する3段バットレス(扶壁)が建物に調和している。復元工事をせずに 建設当時の姿を飲みしているため、国の重要文化財となっている。

 平時は、建物外観の見学のみであるが、今回内部の一部が特別公開された。1階エントランスホール、中央階段。2階休憩室。近衛師団は、全国各地から選ばれたエリート隊。この建物を巡って、一部の将校による事件が2度起きている。2.26事件と宮城事件(終戦日のクーデター未遂)。2020年工芸館の役目を終えて、皇居乾門を見守っている。
 

写真1 北の丸公園に佇む重要文化財。

 

写真2 旧近衛師団司令部庁舎(公開記号-B4)。

 

写真3 煉瓦造りゴシック様式の建築物。

 

写真4 正面のアーチ玄関とバットレス補強柱。

 

写真5 中央階段と手摺の親柱装飾(菊の蕾)。

 

写真6 階段ホールと休憩室。