清多夢クラブ

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ランして、歩いて、観て思うことを・・。

 厳島神社へは残念であるが、干潮時の訪れとなった。世界に類を見ない海上社殿として、今日まで受け継がれている。厳島そのもの神聖な場所として、一般の人々が直接足を踏み入ことを避けるために海の中に神社が造られたという。古代から「神に斎(いつ)く島」として、宮島への特別な信仰が背景にあったようだ。

 現在のような壮麗な海上社殿は、平安時代末期(1168年)に平清盛によって造営された。平家が瀬戸内海の制海権を握るためには、厳島の神の加護が不可欠と考えた。満潮時、社殿が海に浮んで見える幻想的な景観を創りだす。850年前、神と人間とを結ぶ懸想的な聖域となった。

 当時、干満差4mに及ぶ海岸に社殿を造る技術あったことに注目する。海底深くに木製木杭を打ち込み、それらの杭柱を横材で一体化して、海水の力に対抗するよう配慮されている。また、床板には隙間を設け、浮力がかからないよう工夫している。長さ280mに及ぶ朱色の回廊が橋のようになる。満潮時に訪れたい聖域だ・・。
 

写真1 干潮時の厳島神社。

 

写真2  客神社本殿と回廊。

 

写真4 延長280mに及ぶ回廊。満潮時は浮橋となる。

 

写真5 能舞台と反橋。

 

写真6 平清盛像と世界遺産碑。

 新年あけましておめでとうございます。今年も「清・多・夢」をよろしくお願いいたします。と共に、皆さまのご多幸をお祈りします。馬のように、跳ねて、駆けて、目標を達成する、「午年」になるよう願っています。

 加速化する少子化。昨年国内で生まれた日本人の子どもは、66万8千人程度だという。高齢化に伴う多死社会とも重なり、人口減少人数が年間100万人とも云われている。これは千葉市の人口に匹敵する。60年ぶりに「丙午(ひのえうま)」なった2026年、日本の迷信で更に出生数が減るのか・・

 働き手が減少して行くと、経済活動も衰退して行きそうだ。社会インフラ保持、病院・介護関係の維持、公共交通、自衛隊員の確保など課題が山積する日本。国家予算の1/4を借金(国債利払)でカバーする国家予算。少なくなった子ども世代に、大きなツケを回すことのない日本社会であってほしい・・。
 

写真-1 厳島(宮島) フェリーから。

 

写真-2 白い富士山 北流山江戸川土手から。

 

写真-3 江戸川河川敷 「前初日の出」(12月31日)。

 

写真-4 丙午(ひのえうま)の大絵馬 地元駒木諏訪神社境内。

 世界遺産の厳島(宮島)へJR西日本フェリーで渡る。フェリー会社は、JR西日本と広電が運営する2社がある。乗船時間は10分間ほど。海上から厳島大鳥居と急峻な弥山(みせん)を見ることができる。標高535mの弥山は、古くから信仰の対象だった。弥山の山麓は、ユネスコの世界文化遺産の登録区域となっている。

 「神が宿る」と信仰されていた厳島。島の大きさは、東大東島に次ぐ約30km2で、網走湖程度。この島を瀬戸内海航路の要衝と見抜いた平清盛は、海上交通の安全祈願と理由で、当時困難だった海上神社を建設した。と同時に経済・軍事で優位に立つことができた。大陸との交易でも文化と富を手にいれ繁栄した。

 470年前、現在の厳島神社周辺で合戦が行われた。世に云う「厳島の戦い」だ。兵力で圧倒的に不利だった毛利軍が 陶春賢(すえはるたか)の2万の大軍を奇襲によって勝利した合戦(1555年)。元就は、3500の兵とともに包み浦に上陸・山越えして、モミジ谷に駐屯していた陶軍を壊滅させた。以後毛利家は、西国一の大名に飛躍してゆく。

 

写真1 厳島(宮島)に上陸。

 

写真2  JR宮島口駅と蘭陵王像。

 

写真3 宮島口フェリー乗り場と瀬戸内海。

 

写真4 干潮時の大鳥居。

 

写真5 宮島のフェリー乗り場と塔の岡(陶軍の本陣)を望む。

 

写真6 厳島合戦跡の案内板。

 年の瀬に近づく。今年も何とか無事に乗り切れそうだ。良く晴れた日、近くの江戸川土手で富士見散歩する。青空に白く浮き上がる富士は、美しい。来年も変わらぬ姿を見続けたいと願う。

 40、50歳の頃、年の瀬といえば、関越道を通って家族で、スキー+温泉へ出かけることが多かった。大雪でタイヤを獲られて難儀したこともあった。26日(金)19時半頃、水上IC付近の下りで、67台が絡む事故が起きた。何度も通った場所。緩やかな下りカーブがある・・。低温+雪の降り始めにはスリップ事故が起きやすい。

 2025年の世相を表す漢字に「熊」が選ばれた。テレビニュースの繰り返される報道やSNSから発信される熊警戒情報が拡散したのだろ。人口減少、過疎化、高齢化、温暖化など押し寄せるなかで、「クマ問題」がクローズアップされた年だった。ちなみ、第2位は「米」、続いて第3位が「高」であった。いずれも世相を反映している。
 

写真1 江戸川土手からの富士見。

 

写真2 玉葉橋の先の富士。

 

写真3 美しい冠雪の富士。

 

写真4 土手越しの白い富士。

 

写真5 河川敷ゴルフ場越しの富士。

 

写真6 利根運河口から見える山々。

 クルーズ船は、関門海峡を抜け、周防灘を暗いなか進む。大小の島々が点在する難所・伊予灘から進路を北へ変えて広島湾に入る。宇品島のプリンス・グランドホテルを見た後、午前7時宇品外貨第5バースに接岸した。

 広島港クルーズターミナルは、2024年に供用された新しい施設。銀色に輝く「パラダイス塔」が目印となっている。宇品波止場公園内に、待合棟とCIQ棟の2棟の平屋があった。屋根材に広島の木材が使われ、しなやかな曲線が特徴的。海側から見ると、平和の象徴を意識して、鳩の翼に見えるようにイメージしたという。

 直食を船内で済ませて、クルーズターミナルから徒歩15分の海岸通駅から路面電車に乗りJR広島駅へ向かう。広島駅南口では再整備され、広島電鉄が広島駅まで伸びていた。昔、JR広島駅から広電に乗り継ぐ場合、少し歩いた記憶がある。駅周辺には新しいビルやタワーマンションなどの工事が行なわれている
 

写真1 広島港口(フェリーターミナル側)。

 

写真2 宇品波止場をめざす。

 

写真3 瀬戸内海、養殖筏。

 

写真4 宇品外貨第5バース。

 

写真5 広島港クルーズターミナル。

 

写真6 広島電鉄の広島駅ホームと電車。