清多夢クラブ

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ランして、歩いて、観て思うことを・・。

 新年あけましておめでとうございます。今年も「清・多・夢」をよろしくお願いいたします。と共に、皆さまのご多幸をお祈りします。馬のように、跳ねて、駆けて、目標を達成する、「午年」になるよう願っています。

 加速化する少子化。昨年国内で生まれた日本人の子どもは、66万8千人程度だという。高齢化に伴う多死社会とも重なり、人口減少人数が年間100万人とも云われている。これは千葉市の人口に匹敵する。60年ぶりに「丙午(ひのえうま)」なった2026年、日本の迷信で更に出生数が減るのか・・

 働き手が減少して行くと、経済活動も衰退して行きそうだ。社会インフラ保持、病院・介護関係の維持、公共交通、自衛隊員の確保など課題が山積する日本。国家予算の1/4を借金(国債利払)でカバーする国家予算。少なくなった子ども世代に、大きなツケを回すことのない日本社会であってほしい・・。
 

写真-1 厳島(宮島) フェリーから。

 

写真-2 白い富士山 北流山江戸川土手から。

 

写真-3 江戸川河川敷 「前初日の出」(12月31日)。

 

写真-4 丙午(ひのえうま)の大絵馬 地元駒木諏訪神社境内。

 世界遺産の厳島(宮島)へJR西日本フェリーで渡る。フェリー会社は、JR西日本と広電が運営する2社がある。乗船時間は10分間ほど。海上から厳島大鳥居と急峻な弥山(みせん)を見ることができる。標高535mの弥山は、古くから信仰の対象だった。弥山の山麓は、ユネスコの世界文化遺産の登録区域となっている。

 「神が宿る」と信仰されていた厳島。島の大きさは、東大東島に次ぐ約30km2で、網走湖程度。この島を瀬戸内海航路の要衝と見抜いた平清盛は、海上交通の安全祈願と理由で、当時困難だった海上神社を建設した。と同時に経済・軍事で優位に立つことができた。大陸との交易でも文化と富を手にいれ繁栄した。

 470年前、現在の厳島神社周辺で合戦が行われた。世に云う「厳島の戦い」だ。兵力で圧倒的に不利だった毛利軍が 陶春賢(すえはるたか)の2万の大軍を奇襲によって勝利した合戦(1555年)。元就は、3500の兵とともに包み浦に上陸・山越えして、モミジ谷に駐屯していた陶軍を壊滅させた。以後毛利家は、西国一の大名に飛躍してゆく。

 

写真1 厳島(宮島)に上陸。

 

写真2  JR宮島口駅と蘭陵王像。

 

写真3 宮島口フェリー乗り場と瀬戸内海。

 

写真4 干潮時の大鳥居。

 

写真5 宮島のフェリー乗り場と塔の岡(陶軍の本陣)を望む。

 

写真6 厳島合戦跡の案内板。

 年の瀬に近づく。今年も何とか無事に乗り切れそうだ。良く晴れた日、近くの江戸川土手で富士見散歩する。青空に白く浮き上がる富士は、美しい。来年も変わらぬ姿を見続けたいと願う。

 40、50歳の頃、年の瀬といえば、関越道を通って家族で、スキー+温泉へ出かけることが多かった。大雪でタイヤを獲られて難儀したこともあった。26日(金)19時半頃、水上IC付近の下りで、67台が絡む事故が起きた。何度も通った場所。緩やかな下りカーブがある・・。低温+雪の降り始めにはスリップ事故が起きやすい。

 2025年の世相を表す漢字に「熊」が選ばれた。テレビニュースの繰り返される報道やSNSから発信される熊警戒情報が拡散したのだろ。人口減少、過疎化、高齢化、温暖化など押し寄せるなかで、「クマ問題」がクローズアップされた年だった。ちなみ、第2位は「米」、続いて第3位が「高」であった。いずれも世相を反映している。
 

写真1 江戸川土手からの富士見。

 

写真2 玉葉橋の先の富士。

 

写真3 美しい冠雪の富士。

 

写真4 土手越しの白い富士。

 

写真5 河川敷ゴルフ場越しの富士。

 

写真6 利根運河口から見える山々。

 クルーズ船は、関門海峡を抜け、周防灘を暗いなか進む。大小の島々が点在する難所・伊予灘から進路を北へ変えて広島湾に入る。宇品島のプリンス・グランドホテルを見た後、午前7時宇品外貨第5バースに接岸した。

 広島港クルーズターミナルは、2024年に供用された新しい施設。銀色に輝く「パラダイス塔」が目印となっている。宇品波止場公園内に、待合棟とCIQ棟の2棟の平屋があった。屋根材に広島の木材が使われ、しなやかな曲線が特徴的。海側から見ると、平和の象徴を意識して、鳩の翼に見えるようにイメージしたという。

 直食を船内で済ませて、クルーズターミナルから徒歩15分の海岸通駅から路面電車に乗りJR広島駅へ向かう。広島駅南口では再整備され、広島電鉄が広島駅まで伸びていた。昔、JR広島駅から広電に乗り継ぐ場合、少し歩いた記憶がある。駅周辺には新しいビルやタワーマンションなどの工事が行なわれている
 

写真1 広島港口(フェリーターミナル側)。

 

写真2 宇品波止場をめざす。

 

写真3 瀬戸内海、養殖筏。

 

写真4 宇品外貨第5バース。

 

写真5 広島港クルーズターミナル。

 

写真6 広島電鉄の広島駅ホームと電車。

 早朝、江戸川の土手を散歩する。夜間冷え込み、風がない条件がそろったので、放射霧が発生したのだろうか。薄い白霧は、下流側にゆっくり移動する。上空を見上げると、朝焼けの茜雲が東の空に広がっていた。朝霧と朝焼け雲を同時見られるのは珍しい・・。

 2025年12月は、寒暖差が多い日々と乾燥が続いた。関東と西日本にかけて。少雨傾向は変わらない。野菜の成長が悪く、高値となっている。先日、びわ湖の水位が-71cmまで下がり、旧坂本城の石垣が現れたという。関東では、21日とクリスマスにまとまった雨が降った。恵の雨となったか・・。雪不足のスキー場はどうだろうか。

 12月8日、9日と群馬県妙義山と神奈川県伊勢原市で相次いで山火事が起きた。いずれも消防車が近づけない山で、自衛隊のヘリコプター散水が主体で時間がかかった。住宅火災も毎日どこか起きている。年の瀬がもうすぐだ。火の扱いには、くれぐれも注意しなくては・・。
 

写真1 江戸川の朝霧(川霧)。

 

写真2 土手左右の放射霧。

 

写真3 冬の朝焼け雲。口のようにも見えるヘコミがある。

 

写真4 物流施設の茜雲。

 

写真5 北流山の日の出。

 

写真6 霧がはれて、朝食する鷺。