>明けの明星は、夕刻の光とあいまみえ、
>あなたがたの額に、一筋の光明を示すだろう。
>大犬の知恵は、知恵者の識るところではなく、
>これから初めて、あなたがたの識るところとなるだろう。
(※『アーリオーン・メッセージ』24~25頁より)
一行目についてのみ、コメントしよう。「明けの明星」に関しては、聖書に出典が存在。
【KWKB ṢPRA NHYRA】(輝く明けの明星、950)と自称する【YΣWO】(根、507)。
言い換えれば、「imin」(七)=【KYMA】(Pleiades、102)=【YSWD】(根、102)なのだ。
その一方、「夕刻の光」は、「mšrw」(夕刻、757)=「mašrû」(wealth)=「シリウス」(595)。
* * *
そういう訳で、「明けの明星」が、「夕刻の光」と相まみえることは、
【KYMA】(Pleiades、102)=【LLYA】(夜、102)という等式に同じ。
言語の上で、「mul.mul」(Pleiades)=「mulmullu」(矢・シリウス)だ。
#結果として言うと、【KWKB ṢPRA NHYRA】(輝く明けの明星、950)は、
#【LWY十N XWYA】(蛇レビヤタン、665)=「Spdt」(シリウス、665)を含意。