>兎が、和邇を読度、のが気になって。和邇が何らかの意味で月?で
>月読と関連感あったりしたらおもしろいかなーと。兎は月にいますし。
(※御方より、2014年11月10日)
「mḏḥ」(木工、67)=【K】(掌、30)=「kՅpw」(鰐、129)=「dpt」(味、595)=「dpt」(船、595)。
即ち…「st」(坐、570)=「bnwt」(堅石、570)は、「ḳՅyt」(坐、742)=【SPYN十A】(船、742)。
このとき、「kՅpw」(鰐、129)=「sḫm」(魔力、129)=【AYDA】(力、29)=「wiՅ」(聖船、29)だ。
「日子坐王」の「st」(坐、570)=「kՅpw」(鰐、129)は、実のところ「wiՅ」(聖船、29)なのである。
ここで、当該の「wiՅ」(聖船、29)こそが、【ALPA D・NWHRA】(光の船、514)=「月」である。
* * *
しかし、「日子坐王」の「st」(坐、570)は、知られている倭語で、「イマス」(坐)、あるいは、
「マス」(坐)、と訓まれる。この「マス」(坐)という言葉は、あまりにも定着した言葉なので、
これに対して、あえて淵源を考えるという発想は、なかなか浮かんでこないのだが、実は、
シュメール語として知られている「maš」[𒈦](goat)に遡る。当該の【GDYA】(goat、31)は、
日本に伝わった占星術では、「makara」(和迩魚)に他ならない。その際には、結局のところ,
「st」(坐、570)=「bnwt」(堅石、570)=「和迩」(鰐)は、「maš」[𒈦](goat)…という話になる。
#さらに言えば、「和迩」(鰐)は、「wnn」(存在する、127)と同源である。この場合に、
#そう訓まれているわけではないが、「摩須」(坐)は、「和迩」(坐)と訓めるのであり、
#したがって、より一層、当該の「摩須」(坐)は、「maš」[𒈦](goat)。そう言えるはず。