>九、 櫛型の木立の三番目 波形の光の向こう
> 岸に近く 葦の立つところ
> 水際に たなびく霞を見付けよ
(※『光の黙示録』175頁より)
ひとまず、「水際」(=渚)は、「波限」(那藝佐)である。そして、
その「mryt」(波限)は、「mryt」(鰐)を含意する。覚えておこう。
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「三番目」(third)は、「佐度」に掛かる。その「佐度島」は、分野説で、
【OWRBA】(柳、392)に当たり、【OWRBA】(カラス、392)を含意し、
「kՅ-r‘-šw」(春日)を含意し、やはり、「mՅ‘-kՅ-r‘」(真春日)を含意。(※「makara」(和迩魚)を含意)
「櫛型」が示す「inw」(型)は、「波形」の【ṢWR十A】(形、909)なのだ。
【ṢLW十A】(prayer、649)=「tr」(願い)=「utu」(時)=「utu」(日神)。
即ち、「inw」(贈り物)は、「mՅ‘-kՅ-r‘」(真春日)=「岐多斯」(他国人)。(※聖書の「レビヤタン」)
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「葦の立つところ」と言う。一方で、「舞台に立つもの 在り」と言う。(※『光の黙示録』181頁)
記の「葦那陀迦神」が示す通り、「名田」(葦)は、「名田」(dancer)。(※「孔雀」は「忿怒」を含意)
つまり、「葦の立つところ」は、まさに、「舞台」(stage)に他ならない。
アッカド語で言う「tāluku」(stage)、即ち、「tāluku」(course)、なので,
これも、「道」(美知)=「mity」(等)=【Y】(手、20)=「utu」(日神)だ。
#ここで、もちろん、「ダンサー」である「葦」(那陀)は、「伊佐知」(忿怒)を含意。
#「伊佐知」(火)を含意。こういう訳で、「葦」(阿斯)は、【AΣ】(火、402)と同源。(※これはHebrew)
#この場合に、当該メッセージの「近」(知訶)は、「tkՅ」(穂)を示すものと言える。(※「穂」は「torch」)
#古事記では、其の、「知訶島」が、「穴穂」(鏡)=「天照大御神」、に重ねられる。
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これくらいの情報を踏まえるだけでも、「霞」(訶須美)の語幹の「訶須」が、
「kՅ-šw」(春日)と分かる。それ即ち、「kՅ-r‘-šw」(春日)の同義語である。
「mryt」(水際)は、「mryt」(鰐)。「霞」(訶須美)も、「mՅ‘-kՅ-r‘」(真春日)。
こういう話になっている。ARIONが伝えたいのは、エジプト語と言ってよい。