>久佐迦延能 伊理延能波知須 波那婆知須 微能佐加理毘登 登母志岐呂加母
(※古事記下巻より、歌謡96番)
「花蓮はサキザヤ族(Sakiraya)の居住地で、元々「真の人」という意味です」と掲載。(※参考HP)
日本には、「息長真人」などが存在した。いずれにしても、「花蓮」(波那婆知須)とは、
「花」(波那)の咲いた「蓮」(波知須)のこと。「蓮」(波知須)は…現在は、「蓮」(波須)。
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「ḫՅ」(千)=「ty」(願い)であって、[𒅆](千)=「īnu」(目)=「訶良須」(烏)は、
「訶良須」(春日)、即ち、「須」(日神)である。この場合には、「波知須」(蓮)は、
やはり、「ḫՅ-ty-šw」(千願日)だろう。「願い」であるところの「須」(日)、それが、
「波知須」(千願日)とか「波須」(千日)とか「知須」(願日)とか「知良須」(願日)。
あるいは…また、「波知良須」(千願日)とか「波良須」(千日)とか「波良」(千日)。
さらに、「知良」(願日)も有る。[𒅆](千)=「īnu」(目)=「Hasta」(手)に鑑みれば,
「阿波」(手千)、「阿知」(手願)、「阿知良」(手願日)、「阿波須」(手千日)、更には、
「波・阿須」(千手日)>「波須」(千手日)、「阿須波」(手日千)なども、同義であろう。
#この中で、例えば、「波良」(千日)は、「波良」(腹)で間違いない。なぜならば、
#[𒅆](千)=「īnu」(目)=「訶良須」(烏)=【KRSA】(腹、402)だから。加えて、
#「ty-r‘-šw」(願日)は、「tr-‘Յ-šw」(時大日)に掛かる。即ち、「ty-r‘」(願い)は,
#「tr-‘Յ」(大きな時)=「tr-‘Յ」(大きな願い)、【RXMA RBA】(大きな愛、666)。
#「R‘」(天照大御神)が、「大烏」(オホカラス)=「八咫烏」(ヤタガラス)という話だ。
#「Ḫt」(Hatti)の「karāšu」(troops)に注意…「garaš₂」(military camp)に注意。また、
#「garāšu」[ZU](to copulate)に注意。即ち、「八咫烏」は、「great copulation」(666)。
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以上の通りなので…「沫雪」と表現される「天照大御神」が、「蹶散」(クヱチラス)、
その際には、「散らす」(チラス)という言葉が、「知良須」(願日)に掛けられている。
「ty-r‘-šw」(願日)に掛けられている。このとき、「散」(サン)は、「日」(sun)を含意。
結局は、「花蓮」=「真人」=「人」である。「‘nḫ」(人)=「‘nḫ」(鏡)=「天照大御神」。
これ故に、「天照大御神」の意匠の一つである「蓮」は、「ḫՅ-ty-šw」(千願日)である。