「Յt-‘Յ」(大いなる時)は、「makara」(和迩魚)を含意。「mՅ‘-kՅ-r‘」(真春日)を含意。
即ち、「R‘」(天照大御神)を含意。要するに…「ūṭu」(尺)=「utu」(時)=「utu」(日神)。
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ところが、その「Յt-‘Յ」(大いなる時)は、「tr-‘Յ」(大いなる時)に他ならない。これ即ち、
「tulā」(秤量宮)に掛かり、【氐】(秤量宮)=【QWP】(猿、297)=「makkara」(猿)を含意。
結局のところ、上述の通り、「makara」(和迩魚)を含意し、「mՅ‘-kՅ-r‘」(真春日)を含意。
もちろん…「氐月」(夏四月)=【十WRA】(青牛宮、809)なので、「tr-‘Յ」(大いなる時)は、
やはり、【十WRA】(牛、809)=「makara」(和迩魚)=「mՅ‘-kՅ-r‘」(真春日)をも含意する。
#さらに言えば、「tr-‘Յ」(大いなる時)は、「虎」(刀良)に掛かり、「欲」(ヨク)を含意。
#上述と合わせれば、「tr-‘Յ」(大いなる時)は、「丑寅」(宇斯刀良)を含意するのだ。
#又、「欲」(ヨク)=「杙」(ヨク)=「大角」(100)=「穴穂」(鏡)=「天照大御神」なのだ。
#そのときに、定訓となっている「照」(テラス)は、一つには、「tr-‘Յ-šw」(時大日)、か。
#即ち、「天照」(阿麻弖良須)の「照」(弖良須)は、「大時」(大願)の「R‘」(日神)を言う。
#その「大きな願い」は、古事記で、ただ一つ。「願勿見妾」である…それを覚えておこう。
#「大きな願い」の発信者は「豊玉毘売」=「makara」(和迩魚)=「mՅ‘-kՅ-r‘」(真春日)。
#つまり、「豊玉毘売」(八尋和迩)は、「阿多」(大いなる時)を含意する。こういう話である。