序文に、「番仁岐命、初降于高千嶺」と出てくる。ところが、「穂」(本)は,
「ḥՅw」(宝)であり、言い換えると、「‘ḥ‘」(宝)である。その「‘ḥ‘」(宝)は、
「‘ḥ‘」(heap)の意味、あるいは、「‘ḥ‘」(山)の意味を持つ。そういう訳で、
冒頭に掲げた序文の「高千嶺」は、「高千穂」の言い換えと見て構わない。
#しかし、「高千穂山」も出てくることに鑑み、「高千嶺」は、
#「穂」を略し、「高千山」と言っているのかもかもしれない。
* * *
どちらにしても、「穂」(本)=「ḥՅw」(宝)=「tՅ-kՅ-R‘」(熱春日)だから、
「穂」(本)は、「mՅ‘-kՅ-R‘」(真春日)=「makara」(和迩魚)を含意する。(※【牛】(伊那毘)を含意)
故に、「尾張連等之祖、意富那毘之妹、葛城之高千那毘売」に就いては、
「意富・伊那毘」、そして、「高千・伊那毘」と見られる。母音連続の結果で、
「意富那毘」になった。「高千那毘」になった。そのように捉えられるわけで、
要するに、「高千那毘」は、「高千穂」の言い換え。このように見て構わない。
また、「羽」(波)=「ḫՅ」(千)なので、「高千嶺」=「高羽山」の可能性が有る。(※何処かは別として)
「香春岳」が有って、その「香春」のエリア内に「勾金」の地名が残る。要注意。(※安閑天皇に繋がる)