「千羽鶴」(センバヅル)や「千鶴」(チヅル)が伝える言葉に就いて。
これを捉える上で大事なのは、【ALP】(千、132)の位置づけであり、
「ḫՅ」(千)の位置づけである。やはり、「羽」(波)は、「ḫՅ」(千)だろう。(※「羽」(波)はエジプト語)
#【ABRA】(羽、307)は、【QYΘWS】(他国人、307)に重なる。即ち、「makara」(和迩魚)に重なり、
#【ALP】(千、132)=【ALP】(牛、132)=「makara」(和迩魚)=「mՅ‘-kՅ-r‘」(真春日)を含意する。
* * *
「ty」(願い)=「tr」(願い)=「tr」(時)=「utu」(時)=「utu」(日神)=「R‘」(日神)。これこそが、
【ALP】(千、132)=【ALP】(牛、132)=「makara」(和迩魚)=「mՅ‘-kՅ-r‘」(真春日)であって、
換言すると、「tՅ-kՅ-r‘」(熱春日)=「tՅ」(熱きもの)=「ḥՅw」(宝)=「tՅ-ḥՅw」(熱き宝)だろう。
古事記において、「願い」を提示するのは、ただ一人。「豊玉毘売」(八尋和迩)のみだ。これ即ち、
「ty」(願い)を、【ALP】(千、132)=【ALP】(牛、132)=「makara」(和迩魚)が体現する、という話。
そういう訳だから、「千鶴」(チヅル)の「千」(チ)は、結局のところ、エジプト語の「ty」(願い)である。
となると、「鶴」(ツル)に関しても、「tr」(願い)と見るのが筋である。ここで、「水流」(ツル)にも注意。
即ち、「ty」(願い)=「千」(チ)=「千」(セン)=「川」(セン)=「水流」(ツル)=「tr」(願い)という話だ。
これが、「千羽鶴」(センバヅル)の意味合いだ。「千」(チ)も、「羽」(ハ)も、「鶴」(ツル)も、エジプト語。