イコールが並ぶとき、今、一つ一つのイコールを認識するのに、
時間が掛かる。しかし、それは、元々の認識が無いからである。
元々の認識が有る人においては、すべてのイコールが、同時に
認識されていて、決して個々のイコールを追いかけたりしてない。
その点が分からないと、古代の認識を理解することは、不可能だ。
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そもそも、「伊波礼」(沼)=「伊波礼」(hoods)=【KLYLA】(冠、132)=【PWQ】(梟、297)は、
「岐多斯」(他国人)=「mՅ‘-kՅ-R‘」(真春日)=「makkara」(猿)=【QWP】(猿、297)を含意。
「ky」(猿)=「伊勢大神」=「天照大御神」を含意。まさに、このことが在るから、「沼」の文字は、
単純に、「nw」(時)=「utu」(時)=「utu」(日神)と訓む。あるいは、「nw-mՅ‘」(真の時)と訓む。
#まさに、「若御毛沼」の言い換えの「神倭伊波礼毘古」において、
#「沼」や「伊波礼」は、「天照大御神」(日神)を継承する名である。
#「吾者為日神之御子、向日而戦不良」、という記述に注意すべし。
#「日神之御子」であるに相応しい名。それが「沼」(奴)、という話だ。
#以下の天皇も、当該の路線を継承する以上、名は、「日神」を表す。
#詳細に言えば、それぞれの月宿に関連付けて、「日神」を提示する。
#「布斗比売」&「宝王」の姉妹の時代まで、その点は踏襲されている。
#「沼」(奴)は、「布斗」(財産)や「tՅ-kՅ-r‘」(熱春日)も、エジプト語だ。