機械等が動かなくなったりすることを、「死んだ」とか、「馬鹿になった」とか、
「お釈迦になった」とか、表現する。このうちの、「馬鹿」(婆訶)という表現は、
やはり、「bՅ」(soul)と「kՅ」(soul)を合わせた熟語と言えよう。「お釈迦」とは、
「仏」(ホトケ)のこと。「Ψυχ ή」(魂、1708)のこと。やはり「bՅ-kՅ」(soul)だ。
#ちなみに…「馬鹿」(婆訶)は、重箱よみ。「bՅ」(soul)に、「馬」を充てるのは、
#【SWSYA】(馬、169)が、【婁】(タタラ星)を表し、「R‘」(日神)を表すからだ。(※「healing」の意あり)
#又「kՅ」(soul)に、「鹿」を充てるのも、「鹿」が、「mՅ‘-kՅ-r‘」(真春日)を表し,
#「R‘」(日神)を表すからだ。このような話は、もともとは、常識だったのである。
#「ḫūlu」[KASKAL](道)が、「ḫūlu」[KASKAL](journey)も意味する点に注意。
#「mity」(equal)=「maš」[𒈦](両児)=「maš」[𒈦](goat)=「makara」(鰐)、は,
#「mՅ‘-kՅ-r‘」(真春日)であって、これは、「ḫūlu」[KASKAL](罷る)を含意する。
#「馬鹿になる」ということが、そのまま、「R‘」(天照大御神)を含意する、のである。