(……先に前項“「日向の力」とは、要するに、「ARIONの力」を指す”を見よ……)
>我が言葉は空しくされ
>我が願い 其方達の耳に届かぬ
>
>時空の掟を破って、伝えし言の葉
>我々の望み
(※『光の黙示録』233頁より)
古事記では、「願」の文字は、たった一度だけ登場する。たった一度だけ。(※後から引用する)
詩的メッセージに於いても、記憶する限り、「願」の文字は、この箇所だけ。
その「我が願い」は、「我々の望み」と言い換えられている。どちらにしても,(※「祈願」に注意)
「願い」を意味するエジプト語は、さしあたり列挙すると、以下の通りである。
* * *
・「Յbi」(to wish for)
・「ib」(to wish)
・「mri」(to wish)
・「nḥi」(to pray for)
・「snm」(to pray)
・「snmḥ」(to pray) ※使役動詞
・「sšՅ」(to pray)
・「tr」(to pray) ※【GYR】(forsooth、324)の意あり
この中で特に注目すべきは、最後に挙げた「tr」(to pray)である。何故ならば、
詩的メッセージの他の箇所で、「静かに 静かに 時を待つ事」と言われており、
その待つべき「時」(登岐)こそが、「tr」(時)=「utu」(時)=「utu」(日神)だから、
である。ここで、上掲の「tr」(to pray)は、「tr」(to respect)に掛かる。そのときに、
【SGD L・ΣMΣA】(日向、971)の【SGD】(向、79)は、まさに「tr」(願い)であり,
したがって、冒頭のメッセージで、「我が願い」(ARIONの願い)と提示されるのは,
「Ἀρίιων」(アリオン、971)の「tr」(願い)、即ち、【SGD】(向、79)に他ならない。
#要するに、「tr」(願)=【SGD】(向、79)=【YWMA】(日、79)=【YWM十A】(日、579)は、
#【S十WA】(冬、579)=「kūṣu」(冬)=「kūṣu」(shivering)=【KWZZA】(shivering、55)、か。
#ところが、上述の「tr」(願い)の異形に、「ty」(願い)が有る。したがって、これが結論だろう。
#即ち、ARIONが言う「我が願い」は、【HWLA】(事、55)、即ち、「血のモノリス」の「振動」だ。