リブログした記事は、決定的なことを、尚かつ、正確に書いている…その正確に書いている話は、
「穴穂」(安康天皇)=【ANA HW】(私です、77)=「‘nḫ」(鏡)=「R‘」(天照大御神)の話である。
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ところが、上述の「穴穂」(安康天皇)に当たる【Ṣ】(佐知、100)は、島生み・国生みでは,
「知訶島」とされる。その一方で、「R‘」(天照大御神)は、「沫雪」(末節)として描かれる。
【十LGA】(雪、546)として、「伊佐知」(怒)=「伊佐知」(火)=「tkՅ」(穂)として描かれる。
そのさいに、「知訶島」の名に用いられる「知訶」という言葉は、「tkՅ」(torch)。そういう話。
#以上からして、【ANA HW】(私です、77)という言葉は、どこから見ても、
#【ANA】(自、64)=【Y】(手、20)=「utu」(日神)=「R‘」(天照大御神)が、
#「知訶」(穂)=【HW】(です、13)=【MHWA】(being、65)、と伝えるものだ。
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>私は私であるのだから 誕生も死も無意味である
>輪廻転生は 私にも私の力の末端にもあったことは無い
(※『光の黙示録』200頁より)
ちなみに、「ka.a」(狐)が、「コンコン」と鳴くのは、エジプトで言う「kՅ」(春)が、(※「essence」の意)
【ANA】(私、64)=「utu」(日神)=「金」(コン)=「近」(コン)=「知訶」(穂)と、(※「torch」の意)
伝えるものである。このときに、「手力男神」が坐す「佐那那県」の「佐那那」は,
【ΣNNA】(穂、522)で決まり。セム系の「佐那那」は、エジプト語の「知訶」、だ。
更に、「力」(知訶羅)は、「tkՅ-R‘」(穂日)=「菩卑」で、「韓」(訶良)を含意する。
そして「kՅ」(春)=「ka.a」(狐)=「šw」(虚)=「šw」(日)=「R‘」(天照大御神)だ。
「訶」(春)=「良」(日)=「須」(日)=「須」(無)は、「烏」(訶良須)、という話だろう。(※「無い」である)
「私の力の末端」において、「末端」は、「末節」=「沫雪」=「天照大御神」、の提示。
もちろん、「私の力」も、【Y】(手力、20)=「utu」(日神)=「R‘」(天照大御神)を言う。