「naḍa」(葦)=「naḍa」(dancer)=「naṭa」(dancer)=「naṭaka」(dancer)だから,
「naḍaka」(dancer)の形も有っただろう。即ち、「葦那陀迦神」の「葦那陀迦」は、
結局のところ、「naḍa」(葦)である「naḍaka」(dancer)を表記するものと言えよう。
「櫛名田比売」の「名田」(ナダ)は、「naḍa」(葦)=「naḍa」(dancer)、を提示する。
* * *
然るに…「名田」(dancer)は、【ΘWSA】(孔雀、89)=「土左」である。(※「土左国」である)
分野説から、「名田」(dancer)は、【D】(戸、5)である。「d」(手)である。
【婁】(タタラ)=「tՅ-tՅ-R‘」(熱熱日)=【Y】(手、20)=「i」(葦)である。(※既稿を参照)
それは、「naḍa」(葦)が「naḍa」(dancer)であることに、完全に整合する。
そういうわけで、「葦那陀迦」の「葦那陀」は、「伊那陀」とも読めるだろう。
#以上に鑑みて、「名田」(dancer)は、【Y】(手、20)の者である。即ち、
#「Hasta」(手)=「kՅ-r‘-šw」(春日)=「mՅ‘-kՅ-r‘」(真春日)である。
#「makara」(和迩魚)、【MKRA】(朱、382)、「gu4-gu4-ud」(Mercury)。
#これは、即ち、「i」(葦)=「d」(手)=【ΘWSA】(孔雀、89)なのである。(※「土左大神」である)
#したがって…縷々述べている様に、「孔雀の舞」は、「傀儡舞」と言える。
#「沫雪」の「天照大御神」これ自身が、【ΘWSA】(孔雀、89)なのである。
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やはり、「迦毛大御神」の神格、「天照大御神」の神格、この二つは,
本質において重なる。そういう話に他ならない。よく整理された話だ。
「葦」(阿斯)は、「‘-s」(手人)に他ならない。「tՅ-tՅ-R‘」(熱熱日)だ。(※「手人韓鍛」に注意)