最近になって、より一層、「ラズマタギ」という言葉の重要性が分かってきた。
その重要性の一つは、「ラズ」の形が、「カラス」の「ラス」の連濁形ということ。
連濁形ということは、既に、この「ラズ」は、日本語になっている。そういう話だ。
「ラズ」は、エジプト語ではなく、正確に言うと、エジプト語に由来する日本語だ。(※借用語と言える)
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いろいろ書くと、複雑になるので、今回は、シンプルに、結論だけ書く。
「烏」(カラス)は、そもそも、「kՅ-r‘-šw」(春日)。この言葉の語構成は、
「kՅ」(春)+「r‘-šw」(日)で、「r‘-šw」(日)は、同義語を並べた熟語だ。
即ち、「r‘」(日)=「šw」(日)だから、二つ並べて、「r‘-šw」(日)、なのだ。
それを口の端に乗せる時に、「良須」のままか、「良受」となるか、それに,
決定的な法則性は無い。但し、「良受」の形のほうが、一語の感じになる。(※感覚的なもの)
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上述に即して言えば…「島国」(シマグニ)という連濁の在り方と同じで、
「ky-tՅ」(他国)についても、「岐多」と「岐陀」の両形が有り得る。やはり、
「意富藝多志比売」や「袁邪本王」の例が大事なのだ。「意富藝多志」は、
「意富・岐多志」で、「袁邪本」は、「袁・沙本」。そう見るのが、最も自然だ。
修飾語が前に来るか、後に来るか。これについては、日本語においては、
前に来るのが基本。エジプト語においては、後に来るのが基本。ところが,
エジプト語においても、修飾語が前に来る場合が実際に有る。そのさいに、
もちろん、「tՅ-ky」(国他)が本来の形。それが連濁を起こせば…「多藝」だ。
#以上を咀嚼すれば、【QYΘWS】(和迩、307)=「ky-tՅ-s」(他国人)には,
#「tՅ-ky-s」(国他人)の形も有る。そして、「tՅ-ky」(国他)が一語化すれば、
#「多岐志」>「多藝志」となる。然らば、同様に、「ラズマタギ」の「マタギ」は、
#「mՅ‘-tՅ-ky」(真国他)=「マタキ」=「マタギ」である。「タギ」の部分こそが,
#言葉としての塊だが、「マダキ」という連濁の仕方も、無いとまでは言えない。
#そういう訳で、ミネア氏が提示した天下りの言葉、「ラズマタギ」の「マタギ」は,
#由緒不明ではなく、「当麻」(多藝麻)=「tՅ-ky-mՅ‘」(国他真)のヴァリアント。
#その場合に、「マタギ」も、古事記の「当麻」も、「和迩」(鰐)の故郷(?)を提示。