>シュメール語の「波良」=「har-ra」[𒄯𒊏]は、エジプト語の「ḫՅ-r‘」(若日)だ。
>ないしは、古事記の「沫雪」に鑑み、エジプト語の「ḫ‘r-R‘」(怒れる日神)だろう。
>又…この「ḫ‘r」(to rage)が、「kՅ」(春)の持つ本源的性質だから、「春」(ハル)は、
>複数形の形になり、名詞化した「ḫ‘rw」(rage)だろう。何を重視しているか分かる。
>【ZWOA D・RXMA】(wombのquaking、463)か。「腹」(波良)=「ḫ‘r-R‘」(怒日)。(※「春日」である)
(※既稿“「春」(波流)と「腹」(波良)の関係について考える”より)
日本において、「烏」(カラス)は、「カーカー」と鳴く。どうしてか。
「怒り」(イカリ)を、「カ」っとなる、「カー」っとなる、そう表現する。
どうしてか。このような擬声語・擬態語に、十分に注意すべきだ。
* * *
「天照大御神」の「御魂」は、「烏」(カラス)=「kՅ-r‘-šw」(春日)において、
「kՅ」(春)の部分である。その本源的な性質は、「沫雪」が示す通りであり、(※「ドゥルガー」に注意)
当該の「kՅ」(春)は、「ḫ‘r」(to rage)、あるいは、複数形の「ḫ‘rw」(rage)だ。(※これが「春」(ハル)だ)
それだから、日本において、「烏」(カラス)が、「kՅ」(春)、「kՅ」(春)、と鳴く。
「怒り」(イカリ)を、“「kՅ」(春)っとなる”、と表現する。まさしく、このような話。
#もちろん、「怒り」(イカリ)のもう一つの表現、「腹」(ハラ)が立つ、(※「立つ」は「隆起する」の意)
#これの場合も、「腹」(波良)=「ḫ‘r-R‘」(怒れる日神)で、やはり、
#「春」(波流)=「ḫ‘rw」(rage)、つまりは、「kՅ」(春)、を言っている。
#倭語の「春」(ハル)は、エジプト語の「ḫ‘rw」(rage)という話である。