古事記歌謡1番に関連する「須賀」という言葉は、「清々しい」(邪心が無い)の意。
「何も無い」という意味が本源である。即ち、「須賀」は、「šw-gՅw」(虚空)であって,
その場合に、「速須佐之男」の「須佐」の「須」も、「šw」(虚空)=「šw」(日)と言える。(※「r‘」(日)である)
これは、何かしらの固定観念があると、受け入れがたいかもしれない…が、明快だ。
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「須佐」は、「日の子」を意味する「sՅ-r‘」(子日)の言い換え。要するに、(※この「子」は「息子」の意)
当該の「須佐」は、「šw-sՅ」(日子)=「sՅ-šw」(子日)=「sՅ-r‘」(子日)、
聖書で言う【SRA】(サラ、372)に重なる言葉が、「šw-sՅ」(日子)だから、
「須佐」は、【MQOLA】(羊飼いの杖、372)=「mՅ‘-kՅ-r‘」(真春日)、か。
【ΣWΣA】(虫、809)=【十WRA】(牛、809)=「makara」(和迩魚)であり,
その場合に、この【ΣWΣA】(虫、809)は、【ΣWQA RBA】(大市、914)。
つまりは、「須佐」(日子)=「須佐」(虫)=「スカラベ」(大市)という話である。
#ここで…【ΣWΣA】(虫、809)=【十WRA】(牛、809)=「za.za」(八)は、(※【Z】(武器、8)である)
#【OYW十A】(畢、609)=【畢】(ヲハリ)=「r-‘」(ヲハリ)=「R‘」(日神)で、
#そのシンボルが、【ΣWQA】(市、609)、つまり、「スカラベ」(大市)である。
#当該の【ΣWQA】(市、609)も、「šw-kՅ」(日春)=「kՅ-šw-gՅw」(春日)だ。
#「スカラベ」(大市)・「‘Յ-šw-kՅ」(大日春)・「šw」(虚)・「šw」(日)・「r‘」(日)。
#「須佐」(日子)が表すものは、端的に言って、「R‘」(天照大御神)と言えよう。
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ちなみに…【十WRA】(牛、809)=「za.za」(八)=「ussu」(八)だから、
倭語の「牛」(宇斯)は、シュメール語の「ussu」(八)と同源だろう。併し,
そもそも、「šw」(虚)=「šw」(日)であることに鑑みれば、当該の言葉は、
エジプト語に由来する「u-s」(不人)だろう。これ即ち、「不比等」、である。
「須佐」(日子)=「牛」(宇斯)=「u-s」(不人)=「布比登」という話である。