「意富臣」などの祖は、「神八井耳」で、その兄が、「日子八井」なのだ。
これは、古事記の作者の家系の話だから、しっかり意味を込めている。
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「日子八井」は、「茨田連」と「手島連」の祖とされる。まず、最初に、
「茨田」&「手島」の繋がりについて確認しておく。一般的な訓みは、
前者が「茨田」(マムタ)。後者が「手島」(テシマ)。 どう繋がるのか。
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ひとまず最初に、「茨田」(マムタ)が表す【MWM十A】(呪い、609)は、
「年魚市」(アユチ)=【OYW十A】(畢、609)=【Z】(武器、8)に重なる。(※「za.za」(八)に重なる)
「尾張」(ヲハリ)=「r-‘」(ヲハリ)=「r‘」(日)に重なる。また、「手島」は、
エジプト語で訓むと、「‘-iw」(手島)である。「阿由」(手島)である。即ち,
「茨田」(マムタ)=「mՅ‘-mw-tՅ」(真水熱)=「mw-tՅ」(水熱)=「湯」で、(※「hot water」の意)
実のところ、「茨田」(マムタ)=「湯」(由)=「由」(島)…こういう話である。
#さらに、「麻」=「mՅ‘」(真)=【MAA】(百、54)=「ME」(Being)=「mû」(水)は、(※「mw」(水)に同じ)
#「阿」=「‘」(手)=「‘」(腕)=「a₂」(腕)=「a」(水)に重なる。その点からすると、
#「mՅ‘-mw-tՅ」(真水熱)=「麻由」(真湯)は、「阿由」(手島)に重なる。とすると、
#「茨田」(マムタ)=「麻由」(真湯)=「阿由」(年魚)=「阿由」(手島)ということだ。
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以上を踏まえるなら…「日子八井」という名は、「日子」において、「sՅ-R‘」(子日)を表し、(※「日の子」)
「八」において、「年魚市」(アユチ)=「尾張」(ヲハリ)=「r-‘」(ヲハリ)=「r‘」(日)を表す。
加えて当然ながら、「井」において、「kՅ-r‘」(春日)=【Y】(手、20)=「utu」(日神)を表す。