さしあたり、シュメール語の「utu」(日神)は、パーリ語の「utu」(時)に重なる。此処で、
【MHWA】(being、65)=「mû」(cosmic order)=「mû」(水)=「mw」[𓈗](水)であって、
当該の「mw」[𓈗](水)は、素直に読めば、「nw」[𓈗](時)である。以上を踏まえるなら、
たしかに、【XMH】(日神、65)=【MHWA】(being、65)=「nw」[𓈗](時)。そう言えよう。
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>そしてポセイドンは、ARIONの霊性の流れの読みの一方向から言えば、
>父であることに留意されたい。
>反転は、タタラ・アタタラの時点で既に出てきている。
>反転は、陰陽道で言えばどういうことを指すか?
(※世紀末フォーラム、14番会議室、94/04/26のARIONの発言より)
ARIONは、「タタラ・アタタラ」という語句を提示する。さらに正確に言えば、
「タタラ・アタタラの時点」という語句を提示する。即ち、「タタラ・アタタラ」は、
そもそも、【XMH】(日神、65)=【MHWA】(being、65)=「nw」[𓈗](時)、だ。(※「mw」[𓈗](水)である)
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「水戸神」である「速秋津日子神」において、【婁】(Aśvinī)=【D】(戸、5)は、
「d」(手)=【Y】(手、20)=「utu」(日神)を含意する。その点を考慮するなら、
【婁】(タタラ星)は、「tՅ-tՅ-r‘」(熱々の日神)=「沫雪」=「天照大御神」、で、
そして、また「mw」[𓈗](水)=【MHWA】(being、65)=【XMH】(日神、65)は、
【D】(戸、5)=「d」(手)=【Y】(手、20)=「utu」(日神)に重なる。このときには、
実際のところ「水戸」は、エジプト語で「Յt-tՅ-tՅ-r‘」(アタタラ)と読めるわけだ。
ここで、「Յt」(時)=「nw」[𓈗](時)=「mw」[𓈗](水)だからである。「アタタラ」は、
「Յt」(時)=「utu」(時)、であるところの、「tՅ-tՅ-r‘」(熱々の日)=「utu」(日神)。
即ち、「タタラ」も、「アタタラ」も、結局は、古事記で言えば、「天照大御神」、である。
「秋津」(阿岐豆)も、「帯」(多羅斯)=「tՅ-r‘-s」(熱日人)=「天照大御神」、である。(※「torus」である)