古事記では、「高天原」の「天」を、「阿麻」=【AMA】(母、54)と訓む時点において、
既に、「天」の字で表す者を、エジプトの「Nwt」(天)と見ている。さらに、当然ながら、(※「能登」に作る)
【AMA】(母、54)≒【KRSA】(womb、402)であって、「Nwt」(天)は、方位で言うなら、
「ki-ta」(氐)、「麒麟」、「girin」(木花)=「畝火」(花)=【XNA】(the privy parts、71)。
「天」(テ)も、「氐」(テ)=「手」(テ)=「Hasta」(手)=「烏」(カラス)=「karašu」(womb)、
という話だろう。まさに、「天」(テ)が示すものは、「麒麟」(木花)=「畝火」(花)、である。
#そういう訳だから、実のところ、シュメール語の「an」(天)は、
#「伊邪那美」を含意するエジプト語の「‘n」(美)と同源である。
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以上を十分に咀嚼した場合に、聖書で知られる【ΣMYA】(天、472)は、古事記においては、
【ADR SΘAKY】(畝火、439)=【SNWRA】(帽子、439)=【OPRA】(伊波礼、472)、即ち、
「kilīlu」(wreath)=「kilīlu」(休留)=【M】(水、50)=【KWKB】(金星、70)=「的」(浮羽)、か。
【ΣMYA】(天、472)は、「筑紫」(楯)=【ARGWNA】(紫、375)=「比売陀」(紫)、を含意する。
然らば、シュメール語の「比売陀」(紫)は、【ΣMYA】(天、472)=【KWKB】(金星、70)を表す。
一般に「天」の字からイメージされるものとは異なるので、要注意。「Nwt」(天)=「mwt」(母)、だ。
古事記において、「天」(阿麻)に重なるのは、「伊邪那美」である。「an」(天)=「‘n」(美)、なのだ。