★古事記の「韓」(訶良)は、第一に「ܝܘܕ」(手)を意味 | ■朽ち果てた館■

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ARIONの預言解読──音楽に載せて

雄略記の帝紀的部分で、「都夫良意富美が女、韓比売」と出てくる人物は,(※この「」は「」の意)

一つ前の安康記の旧辞的部分で、「訶良比売」と出てくる。即ち…ここには、

訓字で書けば「」と書ける「訶良」(カラ)という言葉が存在。訓詁を考える。

 

*   *   *

 

詩的メッセージにおいて、「井戸の柱  井桁」と言われる通り、

」(井桁)は、「井戸の垣を成す柱」を意味する。したがって、

やはり「」(井桁)は、「」(井戸)を含意する…それどころか、

そもそも、「」の字には、「井桁」の意味も有る。端的に言えば,

」(井桁)=「」(井桁)なのだ。その際、「韓比売」の「」は、

ナクシャトラの【】(Punarvasu)の別表記、と見て差し支えない。

 

 ・【】(Punarvasu)……【】(20

 ・【】(Puṣya)…………【】(30

 ・【】(Āśleṣā)…………【】(lamādu40

 

#ところが…月宿とアレプビートの対応において、【】(Punarvasu)は,

#【】(20)であり、さらに、その【】(20)は、梵語で「kara」()。

#その場合に、「」(訶良)という訓みは、「」(井桁)=「」(井桁)が、

#アレプビートの【】(20)を表すと承知し、「訶良」()と訓んだのだ。

#こう訓むことで、【】(Punarvasu)=【】(20)、と追認しているのだ。

 

*   *   *

 

念押ししておこう。上述の【】(Punarvasu)と【】(20)の対応は,

今回の結論を導くために、こういう対応が在ると述べたものではない。

全く関係ない別の事柄…例えば、【】(Pūrva Bhādrapadā)に当たる、

SWSYA RBA】(Pegasus474)が、「δύο」(474)=【】(2)に、

重なる、といった事柄から、必然的に導かれた対応である。したがって、

いわゆる“トートロジー”には成っていない。その点に注意して頂きたい。