付記。「物悲しく語る烏の歌」に関して、「目を背ける勿れ」と言及するのは、
一つには、「目」(米)そのものが、「烏」(カラス)の集団を表すから。更には、
「勿れ」(ナカレ)と漢字を用いるのは、「物」に打ち消しの意味があるからだ。
上述を踏まえて、もう一度、「物悲しく語る烏の歌」を、よくよく眺めてみれば、
「悲しく」の「悲」(カナ)が、「非」(アラズ)=「karābu」[A.RA.ZU](prayer)だ。
【KRWBA】(342)=【QNOA】(藍、342)=「karābu」[A.RA.ZU](prayer)だ。
#つまり、「命の木」の本質的な意味を保持し、守る者たちとして、
#「ケルビム」=「kāribu」(巡礼の一団)が存在する。そういうこと。