>夜麻登幣迩 尓斯布岐阿宜弖 玖毛婆那礼 曽岐袁理登母 和礼和須礼米夜
>(倭方に 西風吹き上げて 雲離れ 退き居りとも 我忘れめや)
(※古事記歌謡55番)
同類の歌が、丹後国風土記逸文にも登場する。いわゆる独立歌謡と言える。
「玖毛婆那礼」(雲離れ)は、定型句だろう。「波那礼」(離れ)を含意するのが、
実は、「玖毛」(雲)なのである。このことが、「宇比地迩神」に大いに関係する。
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・一代……「国之常立神」
・二代……「豊雲野神」
・三代……「宇比地迩神」と「妹須比智迩神」
・四代……「角杙神」と「妹活杙神」
・五代……「意富斗能地神」と「妹大斗乃弁神」
・六代……「於母陀流神」と「妹阿夜訶志古泥神」
・七代……「伊邪那岐神」と「妹伊邪那美神」
二代の「豊雲野神」を承けるのが、三代の「宇比地迩神」である。したがって、
「宇比」は、「upû」[DUNGU](雲)の形容詞形を提示。ところが、上述の様に、
「波那礼」(離れ)を含意するのが、「upû」[DUNGU](雲)である。この場合に、
やはり、「宇比」は、古代エジプト語の「whi」(離れ)を表す。以上は、明らかだ。
#いわゆる音注があるから、「宇比地迩」の「地」は、「智」と読む。しかし、
#男側で、三代「ki」(地)→五代「ki」(地)→七代「岐」(地)と継承される。(※「ki」(地)=「zakkāru」(男))
#そして既稿の通り、「whi」(離れ)=「疎」(奢加留)=【DKR】(男、335)。(※説話の「丹塗矢」に注意)
#その場合、「ki」(地)は、「ti」(矢)である。故に、「地」(智)は、「ti」(矢)。
#仮名として用いられる「地」(智)は、とりわけ、「ti」(矢)を表すという話で、
#「宇比地迩」は、“「whi」(離れ)+「ti」(矢)+「ni2」(fear)”、と結論される。(※「土」(迩)=「ni2」(fear))
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もちろん、【ONNA】(雲、202)は、一意的に、【壁】(2月2日)を表す。つまりは,
【ONNA】(雲、202)=「dūru」(壁)=「dūru」(久延)=【KWN】(土星、97)、だ。
ここで、「dūru」(lance)≒「ti」(arrow)に注意せよ…以上を十分に咀嚼すれば、
「於母陀流」の「陀流」は、「dāru」(久延)=【KWN】(土星、97)=「岐」(地)、だ。
さすれば、「於母」は、「ummu」(祖)。即ち、「於母陀流」(祖土)ということになる。
「鉛」(ナマリ)=「土星」だから、印欧系の「dull」(ダル)は、「dāru」(久延)と同源。
日本語で「ダル」(怠)と表現するのも、元々は、「dāru」(久延)に由来するわけだ。
「於母陀流」の「陀流」は、現代語の「ダル」(怠)そのもの…そういう話なのである。