「五十」(伊)の訓詁について一つの仮説を提示する | ■朽ち果てた館■

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ARIONの預言解読──音楽に載せて

言えることは何でも言っておく…或る辞書に、「í」()が載る。

それなのに、記紀に於いては、「」(五十)である。背景には,

元々、エジプトで、「sba」()=「sba」()…ということがある。

 

 ・「sba」()は、【】=【】=「五十」。  ※「飯豊」である

 ・「sba」()は、【】=【】=「」。   ※「í」()である

 

押さえるべきは…【】=【】=「」が、「barbaru」()であり,

】(50)=「飯豊」=「青海」=「天狼星」を含意することである。

だからこそ、「五十」の訓みが、「í」()=「barbaru」()なのだ。

 

#つまり、【】=【】=「五十」に当たる「šarru」[LUGAL]()は、 (※これも「麻須良乎」(大夫)だ)

#「šarû」(wealthy)=「天狼星」を含意するわけである。それだから、

#「五十」(飯豊)に対し、これを、「í」()=「barbaru」()、と訓む。

#「」=「í」()は、【ALHA DL十】(戸神595)=「シリウス」、だ。