·河俣毘売>玉手見>師木津日子>和知都美>蝿伊呂杼>若建吉備津日子>伊那毘能大郎女>倭建
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古事記の「印色之入日子」の「印色」は、日本書紀の「五十瓊敷」と比べ、(※後者は字訓表記)
結果的に、「イニシキ」と読まれる。「印色」は字音表記なので、この場合、
「キ」の甲乙に関し、あれこれ考えるのは、意味が無いのかもしれないが、
一応、「敷」(シキ)の「キ」は、四段活用の連用形だから、甲類の「キ」、だ。
然るに、古事記の「内色許男」を、日本書紀は、「鬱色雄」に作る。ここで、
「色許」は、いわゆる連合仮名であり(これについての詳しい説明は省く)、
この二字で、「シコ」という二音節を表記する。「許」(コ)は、乙類の「コ」だ。
当該の語形に鑑みて、紀の「色雄」の「色」も、「シコ」と読む(「コ」は乙類)。
#以上から分かることが、二つある。その一つは、漢字の「色」の子音韻尾(-k)が、
#開音節化される際の母音には、多少の幅がある、ということ。さらに、もう一つは、
#もし一般的に、開音節化される際の母音は、いわゆる弱母音ということであれば、
#「色雄」の「色」(シコ)に関し、二音節目の乙類の「コ」の母音は、弱いということだ。(※「弱め」の意)
#敢えて言うならば、「io」という感じか、「uo」という感じで、「o」は少し添える程度か。
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どちらにせよ、前に書いた通り、「木の葉」(コノハ)の「木」(コ)は、(※古事記の仮名書きは「許能波」)
乙類の「コ」である。「色許」(シコ)の「許」(コ)に等しい。そのうえ、
「河俣」の【NHRA】(河、368)は、【ALHA RWXA】(風神、368)。(※「河俣毘売」は「師木県主之祖」)
「師木県主」の「師木」は、第一に「志幾」だが…「志許」とも読める。
このとき、「師木」は、やはり、「sīqu」(俣)や「sīqu」(風)を意識する。
結局、「河俣」の「俣」は、確実に「sīqu」(俣)を表記する、と言えよう。(※当然ながら、排他的ではない)
翻って言えば、「内色許男」などの「色許」も、「sīqu」(俣)などを表す。
その【OLY十A】(俣、642)は、「nim」(高)を含意。「nim」(蝿)を含意。(※加えて「塔」=「白壁」を含意)
注意すべきは…「師木津日子」の「師木」が、「sīqu」(風)も表すならば、
その子、「和知都美」の「和知」は、イラン系の「wāt」(風)、ということだ。(※「wāδ」(風)の形もある)
弱母音で開音節化された時の一つの形が、まさに「和知」(ワチ)だろう。