初期天皇に、「御真津日子訶恵志泥」(孝昭天皇)が居り、その子が、
「大倭帯日子国押人」(孝安天皇)である。おそらく、「真津」(まつ)は、
「maṭû」[LAL](小)=「lal」[LAL](小)を表す。これを継承する名前が、
「lal」[LAL](帯)である。少なくとも「真津」は「maṭû」[LAL](小)を表す。
#その場合、もちろん、「lal」[LAL](帯)の日子だけに、
#「国押人」の「押」は、「la2」[LAL](press)に違いない。
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以上を踏まえると、「真津」(まつ)が、「mātu」[KUR](国)に掛かる点も、極めて明らかである。
この「mātu」[KUR](国)は、「maṭû」[LAL](小)に掛かる。結果として、「lal」[LAL](帯)を含意。
又、さらに、「la2」[LAL](押)までも含意。ここまでを、一通り押さえたところで、次の預言を解く。
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>己が城の壁(へき)に住まう鼠を恐れよ
>小さき者を恐れよ
>その力は微少にして 最大なり
>
>弱き者を恐れよ
>その心には 一片のおごりも無いからである
(※『光の黙示録』172頁より)
と言っても、今は、【ZOWRA】(小さき者、397)だけ扱う。少なくとも、
「御真津日子」の「真津」(まつ)は、「maṭû」[LAL](小さき者)を表す。
ここで言う「その力」は、言わば「御真津日子」の【XYLA】(力、71)だ。
ならば…続く「訶恵志泥」は、少なくとも【XWSNA】(strength、148)だ。
#ちなみに、「ṣeḫru」[TUR](小)は、「servant」の意味を持つ。
#「subar」[ŠUBUR](servant)である。故に、「真津」(まつ)は、
#当該の「subar」[ŠUBUR](奴)を含意する。よく覚えておこう。
#「真津」~「mātu」[KUR](国)~「休留」(玖琉)という連鎖あり。