前項に示した「išku」[ŠIR](testicle)は、単に「ball」の意味も持つ。
そういうわけで、「伊須気余理比売」は、言わば「玉依毘売」であり、
異伝承中の「陶津耳命之女、活玉依毘売」と、本来は同じ者だろう。
#【PXLA】(玉、141)が、【PXLA】(鴨、141)を表すのである。
#いま、「櫛八玉」についても、「玉」のシンボル性は保たれる。
#また、【畢】=【Z】=「八」は、ゲエズ語の「zǝy」(鴨)に掛かり、
#「八」(や)~「矢」(や)~【GARA】(矢、308)~「ga-la」(陰)と、
#連結する。ここで、「光陰矢の如し」という諺にも注意すべきだ。(※「光」は「玉」を含意)
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翻って言えば、【PXLA】(鴨、141)は、【PXLA】(玉、141)であり、
「išku」[ŠIR](睾丸)であり、「nu」[ŠIR](光)である。このことから、
「鴨」(迦毛)という和訓は、元々は、「gàm」(shine)という話になる。(※「gàm」(鎌)に同じ)
要するに、「gàm」(鎌)は、「鴨」(迦毛)を含意。【WZA】(鴨、17)を。(※「豊国宇沙」に注意)