>黒い噂は白い羊からもたらされるだろう。
>押し黙った湖から、財宝を得る者は誰だ?
>山羊の首をはねるな。
>既にあった形は、今、取って代わられようとしているのだ。
(※世紀末フォーラム・11番会議室、ARIONの発言より、92/08/30)
古事記の「寳」(宝)は三箇所しかない。一つは「息長帯日売」が帰神して、
詔する場面で、「西方有国。金銀為本、目之炎耀、種々珎寳、多在其国」。(※「珎」は「珍」の意)
次は、「其天之日矛持渡来物者、玉津寳云而、玉二貫。(以下略)」であり、
最後は固有名詞中で、「生御子、布斗比賣命、次寶王・亦名糠代比賣王」。
* * *
即ち、神名・人名を含めて、「寳」(宝)を負う者は、「寳王」(糠代比賣)に限る。(※「財」は他に少々)
よく「子宝に恵まれる」とか「子宝を得る」とか表現するが、この「寳王」の母は、
他でもない「伊勢大鹿首之女、小熊子郎女」である。ところが…古事記の中で、
「鹿首」(舍頭諫経)の文字列は、「伊勢大鹿首」に限る。また、前々項の通りで、
この「伊勢大鹿首」の「mṛiga」(鹿)は、【OZA】(山羊、90)を含意する。そのさい、
引用のメッセージに登場する「山羊の首」とは、「Mṛiga-śiras」(鹿首)を指し示す。
#即ち、当該の「山羊の首」は、古事記で言うならば、
#「伊勢大鹿首」を指す。そう結論づけて間違いない。
* * *
以上を踏まえると、「Mṛigaśiras」(鹿首)、即ち【MQWRA】(觜、559)は、(※【MQRA】(552)の時も)
「Capricorn」(やぎ座)に当たる「makara」(鰐)と、同根と見るべきだろう。
「mṛiga」(鹿)そのものが「Capricorn」(やぎ座)も意味する点に注意せよ。(※辞書に載ること)