(……まず先に前項をお読み下さい……)
>im rain (probably to be read šeg)
例えば有間皇子の有名歌の「まさきくあらば」は、「真幸有者」。
ここで、【MΘLA】(幸、102)は、【MΘRA】(雨、362)に掛かる。
「im」(雨)が仮に「šeg」(雨)に訓まれるなら、「幸」(さき)に通じ、
二重の裏打ちを背景にして、「幸」の字は「im」(雨)を含意する。
#分かったような、分からないような話だが、神様が祝福してくれる時は、
#明るいなかに雲が降りてきて、小雨を含んだ霧に包まれた状態となる。(※夜明けの清流域の空気感?)
#晴天を喜ぶ風潮があるが、それは、モノをよく知らない人の話であろう。
* * *
地理的に「沙本」と「那良山」は歩ける距離であり、言ってみれば、
同じエリアに属す。また、垂仁天皇の都である「師木」の辺りから、
「沙本」の方を見れば、背景には、セットで「那良山」も見えている。
然るに、先ずは、旧稿の通り、【ΘWRA NLA】(那良山、421)は、
【Sravana】(4月21日)を表し、【SRBNA】(咋、435)を表す。これも
「幸」(さき)に通じ、その結果、「im」(雨)を含意する。さらに加えて、
【NLA】(那良=“異夢”、102)は、実は【MΘLA】(幸、102)を含意。
こういう訳なので、古事記の「異夢」は確実に「im」(雨)の意を含む。
#「沙本」の方で「im」(雨)が零来する【NLA】(那良=“異夢”、102)とは、
#記紀編纂時の地理から、「那良山」に雲が降りてきて、「im」(雨)が零る。
#そういう状態である。「暴」は不明としても、「im」(雨)の「異夢」と言える。
#以上に鑑みれば、「マサキク」という言葉は、「máš-ĝi-k」(異夢)なのだ。
#件の有間皇子にとって「沙本」の方で「im」(雨)が零来するエピソードは、
#重々承知のこと(=教養)であった…その上に立つ、「真幸有者」なのだ。