(……まず先に前項をお読みください……)
>神護景雲元年(767)当時、都が置かれた大和国(現・奈良県)を旅立った勝道上人は、
>下野国二荒山(栃木県日光)をめざす途上にあり、大杉神社に着くと、そこで病苦にあえぐ
>民衆を救うべく、巨杉に祈念すると、三輪明神(奈良県三輪の大神神社)が飛び移り、
>病魔を退散せしめたところから、やがて大杉大明神と呼称されるところとなりました。
(※大杉神社のホームページより)
例えば稲敷市に鎮座する大杉神社は、「倭大物主櫛甕玉大神」を主祭神とする。
そのホームページを見ると、上記引用のような由緒が述べられている。要するに、
「三輪」の神様は、「杉」に直結する存在だ。かつて維/YUI女史が指摘していた。
* * *
然るに、【QWQY十A】(陶工、929)や【QWQYA】(陶工、429)は、(※【亢】(9月29日)~【MAA】(百、54)に注意)
「Aquarius」を意味するから、【KWPRA】(cypress-flower、429)も、(※とりあえず「杉」の「花」である)
やはり「Aquarius」を含意する。換言すれば月宿の【危】(百毒宿)を。
その数価は、他でもない【XD】(一、14)である。この点を踏まえると、(※【HBBA】(花、14)である)
“【QWQYA】(陶工、429)=【KWPRA】(cypress-flower、429)”が、
「甲斐弁羅」(キュベレー)に掛かることは、相当に大事な意味を持ち、
さらには、「Capella」(やぎ)に掛かることも、相当に大事な意味を持つ。
#そういう訳で…冒頭の「杉」の伝承は、【KWPRA】(cypress-flower、429)の伝承、
#「šu-úr-mén」(糸杉)の伝承という話になるだろう。「šu-úr-men」(沙本毘古)の。
#ところが、古事記を見れば、「沙本毘古」は、「甲斐国造」の祖でもある。してみれば、
#「甲斐」という国名は、そもそも「甲斐弁羅」(キュベレー)の略称という話になるはず。
#此処で、もちろん、その「甲斐」は、【KWPRA】(cypress-flower、429)を含意するし、
#「御者座」(御諸)の「Capella」(やぎ)も含意する。【QLPA】(shells、332)にも要注意。