>まことの愛は 神の裡 神の腕( カイナ)でに抱かれること
>まことの愛は 肉との別離(ワカレ) 神との出会い
(※『光の黙示録』211頁より)
>三三、 地には ざくろを食らう者満ちて
> 月の裏側を見る者 多し
(※『光の黙示録』181~182頁より)
「月はミューア」と言われる以上、「月の裏」は「神の裡」に重なる。
もちろん、「のうら」という言い回しは、【NWRA】(炎、369)を表す。
【PGRA】(身体、396)を表す。ギリシャ語の「soma」(身体)を言う。
そして、インドの「soma」(月)を言う。以上の事柄を踏まえるならば、
「月の裏」に作る箇所は、「其麻の里」(曽婆訶里)と同じものだろう。(※【XY十】(隼人=“life”、529)である)
上記の引用箇所は、「命の剣」に関わる事柄を話しているのである。
#ここでも、「神」(三勾)が前提となっている。したがって、
#「美和之大物主」の孫に当たる「神八井耳」を祖に持つ、
#「意富臣」(つまり多氏)も射程に入る…その点からして、
#「多し」と結ぶのも、明らかに「多氏」を謂わんとしている。