>神は自分の像に人を創造した。神の像にこれを創造した。彼らを男と女とに創造した。
(創世記1-27、月本昭男訳)
>神は彼らを祝福して、彼らに言った、「生めよ、増えよ。地に満ちて、これを従わせよ。
>海の魚、空の鳥、地を這うすべての生き物を支配せよ」。
(創世記1-28、月本昭男訳)
聖書において、人の初出は、上記引用の創世記1-27である。その初出時に、
この人は、【DKR W・NQBA】(男と女、607)として語られる。陰陽石ならば、
「陽」は男根である。「陰」は女陰である。ところが、実のところSyriacの場合も、
複数形の【DKRA】(337)が男性性器を意味し、しかも【NQBA】(女、265)は、
【NQBA】(凹、265)と同源の言葉、動詞【NQB】(貫く、263)の派生語なのだ。
そもそも黄道十二宮の「陰陽宮」は「男女宮」にも作る。ならば、「陰陽宮」は、
初出の【DKR W・NQBA】(男と女、607)を含意。目を日本神話に向けると、
我々の目から見て、人の像として描かれる最初の神…つまり、言い換えれば
神の像として描かれる人のようなものは、「岐/美」二神ではないか。もちろん
古事記は、「岐」の「凸」なる器官、「美」の「凹」なる器官を、実景的に描写する。(※前々項の「伊岐」に注意)
#何が言いたいかというと…古事記に登場する「岐/美」二神は、
#【DKR W・NQBA】(男と女、607)、という言葉のニュアンスに、
#よく合致する。そう言いたいのである。それを象徴する天体物が、
#他ならぬ「男女宮」。詰まり【十AMA】(陰陽宮、554)なのである。