>ヲハリニ タダニムカヘル ヲツのサキナル ヒとツマツ アセヲ
>ヒとツマツ ヒとニアリセバ タチハけマシヲ キヌキセマシヲ
>ヒとツマツ アセヲ
(※古事記歌謡29番、乙類は平仮名で示した)
上記引用の一行目は、「尾張に 直に向へる 尾津の前なる 一つ松 あせを」
というように第一義的に理解される…此処が出発点だが、そう理解されたときに、
既に頭の中には「直に」(タダニ)という言葉が、漢字も含めて在って、その状態で、
月宿の【尾】(Mūla)が「直」(アタヒ)の意味も持つ、という語義理解も同時存在して、
加えて、故事に基づく【ALHA QSDWR】(菟神、632)までも脳裏に浮かんでいる。
「直に」(タダニ)という響きが、既に「菟神」を【十・DN】(タゥ・ダン、565)に読んでいる。
#そのような読み方は、言語的背景、文化的背景が無ければ、とても成立しないが、
#逆に言えば、言語的背景、文化的背景が有れば、自ずから成立するものと言える。
#日常的に使っている言葉は、三度の飯と同じようなもので、特に考えること無く、常に、
#為している事柄であって、当該の人々(たとえば物語や歌謡の作者)の中に内在する。
* * *
「尾張」(をはり)という地名は、「end」(をはり)を含意し、月宿の【尾】(Mūla)を含意し、
【ASΘLA】(stole、124)を含意し…むろん【OQRA】(根、582)を含意し、結果的には、
【QSDWR】(菟、582)を含意し、当時の今に言う【ALHA QSDWR】(菟神、632)まで
含意する。【十MNYA】(八、632)は、月宿の【畢】(をはり)である点に注意すべきである。(※丹後国風土記逸文など)
【QSDWR】(菟、582)は【OQRA】(根、582)だから、月宿の【尾】(Mūla)を含意する。
ところが、月宿の【尾】(Mūla)は、アレフベートの【十】(Taw、500)だから、「菟」の音が、
そのままアレフベートの【十】(Taw、500)を表す。一方、「神」の音は、【DN】(ダン、65)。
したがって、【ALHA QSDWR】(菟神、632)は、此の音が【十DN】(菟神、565)なのだ。
即ち…「尾張に直に向へる」の「直に」(タダニ)は、脳裏に在る「直」(アタヒ)の文字が、
月宿の【尾】(Mūla)を示し、【ASΘLA】(あしたれ、124)を示し、【尾】(1月24日)を示し、
【女】(4月21日)を経由して、「女月」(文月)である【十MWZ】(都牟羽之、565)に繋がり、
自動的に、【十DN】(菟神、565)に読まれ、アレフベートの【十】(菟)を示すものと言える。
#「到坐尾津前一松之許、先御食之時、所忘其地御刀、不失猶有」という前段の下に、
#「尾張に 直に向へる 一つ松 あせを」と謡われる。これは「草那藝剣」を謡うものだ。
#【十MWZ】(都牟羽之、565)の大刀を謡うものだ。然らば、「直に」(タダニ)と言いつつ、
#【十DN】(菟神、565)が謡われていたとしても、これは当然である。ちなみに、この語は、
#「到玉倉部之清泉以息坐之時、御心稍寤」という記述の段階から出番を約束されている。
#「稍寤」(漸く覚める、の意)という表現は、それまで「心」が、【十DMA】(深い眠り、557)に、(※Hebrewからの借用)
#就いていた状況を言う。「春眠不覚暁」という漢詩が有名だが、【十DNYA】(vernal、587)も
#【十DMA】(深い眠り、557)に通底する。こうした連鎖も【十DN】(菟神、565)を準備している。