古事記の「一つ松」について | ■朽ち果てた館■

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ARIONの預言解読──音楽に載せて

「市松」の模様が、どんな模様かは別として、【SKA】(待つ、102)と、
【ΣWQA】(市、609)は、掛詞になる。ここで、前者は、月宿の【昴】を、(※【昴】=【W】=「七」(ヨミ)に注意)
後者は、月宿の【畢】を、それぞれ表す。要するに前者と後者の関係は、
「黄泉」(ヨミ)の【十NWRA】(かまど、869)、という表現にパラレルであり、(※【ΣWΣNA】(山由理草、869)に同じ)
「黄泉のかまど」は即ち、傍通暦の【畢】(43日)と【畢】(430日)を指す。

ところが、【SKA】(待つ、102)と同じ綴りの【SKA】(をはり、102)という語もある。
漢字の「畢」は、そもそも【SKA】(をはり、102)の意であり、さらに、漢字の「尾」も、
【SKA】(をはり、102)を含意する。それゆえ、倭語の「をはり」は「尾張」に作られる。
【尾】=【十】=「五百」で、【張】=【N】=「六十」だから、「尾張」は「560」の数価を持ち、
したがって「尾張」(560)~【SMK十】(狭名来田、650)~「翼月」(如月)の連鎖が存在。

#その【AYK SHRA】(如月、430)や、【MNA XWRA】(白髪、430)は、
#いわゆる「黄泉のかまど」、傍通暦の【畢】(43日・430日)に結びつく。
#「43日」(ヨミ)は「七」を表す。それ故に【KYMA】(Pleiades、102)を表す。(※【SKA】(をはり、102)を表す)
#そのうえ、月宿の【畢】であるところの【OYW十A】(Aldebaran、609)も、単に
#漢字の「畢」が「をはり」を表すだけでなく、【QRWTA】(大爪、609)に全く一致。(※「大詰」に読み換えられる)
#これらの事柄を含みつつ、「をはり」(end)という言葉は、「尾張」に作られるのだ。
#「尾張」に「年魚市郡」が存在する理由は…「年魚」が【OYW十A】(609)の略称で、
#加えて【ΣWQA】(市、609)という言葉そのものが【OYW十A】(609)を表すからだ。

*   *   *

>尾津の前の一つ松の許に到り坐すに、先に御食せし時に、其地に忘れたる御刀、
>失せずして猶有り。爾くして、御歌に曰はく、
>   尾張に 直に向へる 尾津の崎なる 一つ松 あせを
>   一つ松 人にありせば 大刀佩けましを 衣着せましを
>   一つ松 あせを
(※古事記・景行天皇条の「倭建」の歌より)

以上の予備知識を踏まえ、引用した古事記の標準的な訓読文を見れば、
「尾津」という地名が、月宿の【尾】を念頭に置いたものであることは、自明。
ここで「尾津」の崎の「一つ松」が、「尾張」に真っ直ぐ向いているのは、当然、
月宿の【尾】、つまりアレフベートの【十】も、正しく「をはり」(end)だからだろう。

当該の歌においては、「をはり」(尾張)が問題にされているのだから、ここで、
少なくとも「松」は、【SKA】(待つ、102)という動詞との掛詞だろう。なぜならば、
この【SKA】(待つ、102)という動詞が、【SKA】(をはり、102)を指し示すからだ。
「松」~【SKA】(待つ、102)~【KYMA】(Pleiades、102)~「七」(43)という連鎖。(※「43日」や「430日」を示唆)

そういう訳だから…「一つ松」の「一つ」という言葉は、当然ながら、これもまた、
「一」(イチ)を「市」(イチ)に掛けて、【ΣWQA】(市、609)を指示するものだろう。(※【OYW十A】(Aldebaran、609)だ)
当該の「一つ松」の歌は、結局は、「松」という言葉で、【SKA】(待つ、102)を表し、
また、「一つ」という言葉で、【ΣWQA】(市、609)を表す。そのような歌なのである。

#しばしば本ブログが難解だという声を耳にする…併し、それは話が逆だ。
#ぜんぜん分からない日本神話、あるいは古事記の説話を、その原理から、
#明らかにしているのだから、雲が晴れる如く、明快な感じがするはずである。