「間」という文字の使用法 | ■朽ち果てた館■

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ARIONの預言解読──音楽に載せて

あらためて照応表を見れば、「勾」に都を置く「広国押建金日」(安閑天皇)には
「大屋毘古」が照応する。ここで「勾」の一文字は「makara」(和迩)を表す。畢竟、
「広国押建金日」(安閑天皇)は、「大宅臣」などの祖の「天押帯日子」に結びつく。(※書紀は「和珥臣等始祖」とする)
したがって、実は、「大宅臣」は「大屋毘古」に重なる。つまり、「大宅」は「大屋」だ。

もう少し言えば、「大宅」の「宅」も、「大屋」の「屋」も、【BY十】(家、523)を表す。(※「天児屋」の「屋」も同じ)
【BY十】(間、523)を表す。然るに、古事記の「間人」を日本書紀は「埿部」とする。
である以上…【BY十】(間、523)の者は、【QWQYA】(陶工、429)と繋がっている。
言い換えれば、「大宅臣」も、「大屋毘古」も、【QWQY十A】(傀儡、929)と言えよう。(※【亢】(9月29日)を表す)

#上記のことは、「丸迩之許碁登臣」という古事記の提示と整合する。
#「丸迩」~「間人」~「埿部」~「傀儡」という連鎖が、その前提に在る。
#アリオンも、「VICIOUS ONE」と表現する。一種の“悪者”として、描写。

*   *   *

>過ぎ行く時の しじまを縫って帆掛け舟は出て行く
>時と時との間にある にかわを溶かす者は何処に眠っているか
(※『光の黙示録』188頁より)

【BY十 ZBNA L・ZBNA】(時と時の間、809)は、【十WRA】(青牛宮、809)を表す。
【MLΘA】(膠、102)は、【KYMA】(Pleiades、102)を表す。いわゆる詩的メッセージ中、
「間」(あいだ)という言葉は、引用した1箇所に限る。むろん【KYMA】(Pleiades、102)は、(※月宿の【昴】に当たる)
傍通暦の【危】(12日)を明らかに表す。月宿の【危】の数価は、「一」(ONE)に他ならぬ。(※「神沼河耳」に当たる)
ここで【QWQYA】(陶工、429)も、傍通暦の【昴】(4月29日)を表す点に注意すべきである。
「瓊」は「に」とも「ぬ」とも訓む。よって、「にかわ」は、「沼河」(ぬかは)との掛詞と認定される。
引用したメッセージの「にかわ」は、結局は【MLΘA】(膠、102)を表し、【危】(12日)を表す。