日本書紀の推古元年条を見れば、「厩戸豊聡耳」に関し、「生而能言、有聖智」云々という
著名な記事が載る。ここで「聖智」は、もちろん“聖なる智恵”の意味だが、用明元年条には、
「亦名豊耳聡聖徳」とあり、「豊聡耳」の「聡耳」は、月宿の「耳聡」、つまりは【女】に由来する。(※舎頭諫経に「耳聡」)
然るに…その【AN十十A】(女、1064)は、いわゆる【RWXA D・QWDΣA】(聖霊、937)の、
【QWDΣA】(聖、614)に通底する。此の点から言うと、「厩戸豊聡耳」という名前の「聡耳」は、
【AN十十A】(女、1064)であり、上述の「聖智」は、“【QWDΣA】(聖、614)なる智恵”と言える。
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それはそれとして、古事記に、「大毘古──建沼河別」という系譜が載る。やはり古事記に、
「大雷──頭」という照応が見られる。加えて、「建沼河別」は「阿倍臣等之祖」と規定される。
ここで「阿倍」は音仮名表記だが、これは、【AB】(ab、5)の音写と見て大過ない。なぜならば、(※「ab」は「秋八月」)
既稿で述べた通り、「大」の一文字は、五芒星(安倍晴明印)を表す。尚かつ、【AB】(ab、5)は、
【XMΣA】(五、461)に繋がり…【房】(4月16日)に繋がり…「頭」に繋がる。古事記が載せている
「大雷──頭」という照応は、【XMΣA】(五、461)と【房】(4月16日)の照応でもある。この場合は、
古事記系譜上の「大毘古」の「大」という文字も、一方で【AWKMA】(黒、91)という色を表しながら、
一方で【XMΣA】(五、461)という数字を表すと見なければならない。「阿倍」は【AB】(ab、5)である。
#更には、【XMΣA】(五、461)は、【PMΘA】(五、152)でもあるから、実は、
#【翼】(2月15日)にも繋がっている。つまり、「翼月」(如月)にも繋がっている。
#そして、【AYK SHRA】(如月、430)は【MNA XWRA】(白髪、430)に一致。
#この「白髪」(清寧天皇)は、アレフベートの【R】であり、この原義は「頭」である。(※【房】=【R】=「頭」に注意)
#即ち「大雷──頭」という照応は、【PMΘA】(五、512)と【翼】(2月15日)の照応。
#【XMΣA】(五、461)と【房】(4月16日)の照応。この両方を的確に表しているのだ。
#いまさら言うまでもないが、「乃当厩戸」という表現は、【BA】(戸、5)を言う。これが、
#最初から【XMΣA】(五、461)や【PMΘA】(五、152)を示すことも確認しておきたい。