「火照」は「海佐知毘古」。そして、これは「隼人阿多君」の祖。
「海」は【AMA】(母、54)と訓むので、【DWLA】(宝瓶宮、54)。(※即ち月宿の【危】)
してみれば、「隼人阿多君」は実は月宿の【危】と繋がっている。
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そうであれば、「阿多小椅君妹、名阿比良比売生子」
であるところの「多藝志美美」と「岐須美美」の兄弟が、
「神沼河耳」と「神八井耳」と対立するのは、敵ではなく、(※この兄弟は「美和之大物主」の孫)
物語の中で接点を持たせるという常套手段ということだ。
#そうすると、むしろ「神沼河耳」という名前と、
#「多藝志美美」という名前の関係が、問題だ。
#「於出雲国之多藝志之小浜、造天之御舎」と、
#描かれるのは「大国主」。ここに「大国」があり、
#【RBA】(大、305)および【AWKMA】(黒、91)、
#との接点が在る。さらに検討すべき問題である。
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━━━━━━[追記]━━━━━━
考古学分野において、鹿児島の「阿多」のエリアと、
新潟県の「沼河」(現在の糸魚川)のエリアの交流も
証明されている。但し、縄文晩期の話…それにしても、
このことからすると、「神沼河耳」は「高志」に縁を持つ。
その一方、「大毘古命、罷往於高志国之時」という様に、(※【RBA】(大、305)彦、と訓める)
「大毘古」は「高志」との繋がりが最も深い。且つ、さらに、
「大毘古──建沼河別」という系譜も存在する。とすれば、
当然、「神沼河耳」(建沼河耳)・「建沼河別」は縁者である。
これらの名の「沼河」は、現在の新潟県の「糸魚川」であり、
したがって「島垂根──糸井比売──速総別」」に結びつく。
つまり、「隼人・阿多君」(=海佐知毘古)に結節する。加えて、
「沼河」の「沼」は「翡翠」と同時に【YMA】(海、72)を指し示す。
#【YMA】(海または湖、72)の派生語が【YMM十A】(湖、622)。
#且つ【YMA】(72)には「池」の意味も有る。「池」と「沼」の違いは
#一応問題だが、元々「自然に水の溜まった所」や「小さな湖沼」を
#中国で「池」と言う。それ故に、実は、「沼」も【YMA】(72)と訓める。
#してみると、「神沼河耳」は、やはり、「海佐知毘古」に繋がっている。