『にゅうもん!』第十九回『エンディミオン』 | 高い城のCharlotteBlue

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書評家アイドル 西田藍さんの、書評を紹介してゆきます。
基本的スタンスとして、書評でとりあげている作品は読んだことがあるとしています。
ネタバレを気にする方はご注意ください。

 この記事が載ったSFマガジン2018年2月号は12月25日発売。前夜にサンタクロースを務めた僕をねぎらうために、早川書房さんが用意してくれたのだろう。ありがたい話だ。粋なプレゼントで気分がいいので、書店員さんには1296円のチップを渡す。メリークリスマス。※1

 

 デカルトとかいう人が言うには「良き書物を読むことは、過去の最も優れた人達と会話をかわすようなもの」だそうだ。そうであれば、SFマガジンの「にゅうもん!」を読むのは、僕にとって西田藍さんとのおしゃべりということになるな。いや、西田さんは過去の人ではないけど。

 つまりはクリスマスに、アイドルと読書会だ。しかもSF。こんなに恵まれてると、年末ジャンボは当たらない気がしてきた。

 

『にゅうもん! 西田藍の海外SF再入門』2018年2月号 第十九回はダン・シモンズ『エンディミオン』だ。

 

 前々回の『ハイペリオン』、前回の『ハイペリオンの没落』から続いてのシリーズ。ということは、『紙の動物園』からもう半年も経っている。ずいぶん前に感じるなあ。「にゅうもん!」でシリーズものをやるのは面白いけれど、これだとファウンデーション・シリーズなどやったら、一年半ぐらいかかるわけか。いや、全くかまわないので、是非とも西田さんのライフワーク的にやっていただきたく。

 もちろん、単発の作品で色々楽しめるのもいいし、なんだったらオールタイムベストでなくて新作でもいいし。いっそページを倍に増やして月に二冊にしてくれたって……いや、それでは西田さんが大変か。※2

 

 さて、『エンディミオン』である。

 次回がこの作品だと知って、僕には少しばかり気がかりな点があったのだ。西田さんが読んだら、ここんところに引っかかるんじゃないかなあ、という思いがあった。アイネイアーのことだ。言わずと知れた本作のヒロインで、物語の最重要人物である、十二歳の少女。

 前二作でもそうだったのだが、ハイペリオンシリーズのキャラクター感は、やっぱり少々古臭い。僕のようなオールドタイマーが喜んで読むような程度に、という感じだ。僕も、冷静に考えればちょっとなあ、と思わないでもないが、読んでいる間は全く気にせずに面白く読んでいた。

 この『エンディミオン』の物語構造は、ごくごくシンプルだ。

 平凡な若者が、ふとしたことから命を助けられる代わりに使命を与えられる。未来の救世主である少女を救い出し、冷静沈着なアンドロイドと共に、おしゃべりな宇宙船に乗って、様々な惑星をめぐる逃避行がはじまる……。

 とまあ、そういう話。ものすごく大仕掛けなスペースオペラ、ワイドスクリーンバロック、ファンタジー冒険譚みたいなものだ。作中でもオズの魔法使いになぞらえているし、可愛い程度に元気で強引で周りを振り回す少女と、いつも貧乏くじを引いてぼやきつつ、なんだかんだで頑張る青年。まあそういうことだ。※3

 なんとなく、「あー、はいはい。どうせみんな、可愛い女の子が好きなんでしょ」という空耳が聞こえる。

 

 まあね。アイネイアーも十分に可愛く描かれているしね。すごい力を秘めた愛らしい少女を守りつつ、世界を救う使命を負って、宇宙をまたにかけた大冒険なんて、我々の大好物であることは間違いない。2つで十分というか、1つでもいいぐらいだ。

 そういう割とさもしい欲望が、素晴らしい世界描写の継ぎ目からこぼれ落ちているのを、西田さんは気づいてしまうんだろうなあ、という風に思っていた。さて、そんな感じで今月の「にゅうもん!」を読んでいこう。

 

はい、二行目からセックス。やめてください。興味ないです。まだページを開いたばっかりなのに、この一人称の誰かと救世主さんのセックス描写なんてちゃんちゃら興味ないです。で、救世主って誰?

 

 冒頭から吹き出しそうになった。完全に予想外。くそう、他に気をとられていたけれど、確かにそうだったよ。そっか、ハイペリオンシリーズは、このテンションで通すんだな。感嘆符は少なくなったけど、ちょっと茶化すようなですます調は前々回、前回とそっくりだ。

 確かに、『エンディミオン』には主人公ロール・エンディミオンとアイネイアーのロマンス的なものが(やや、あからさまに)示唆されている。冒頭のこれなんかもそうだ。もちろん、西田さんはそこでシモンズが示そうとしたことと、そのちょっとした違和感に気づかれている。

 

しかし、もう我々は知っているのです。エンディミオン君の手記というスタイルで書かれたこの物語。彼と彼女がいい仲になるのは、最初の一頁目に記されているのです。つまりこれは、愛しい彼女との馴れ初め話。

 

 下敷きにしたというキーツは読んでないから良く知らないのだけれど、このシリーズでは「未来から振り返った視点」というのが多い気がする。叙述トリックと言っては言いすぎだけれど、結末を知ってから、あ、あれはこういうことだったのか! となる仕掛けがいくつもある。だから再読しても面白いのだけれど。

 そういう意味では、僕は結末を知っているので、西田さんが感じたことにあまり注釈をつけてしまうと、ちょっとおかしなことになるかもしれない。うーん、もどかしい。

 しかし、変に上から目線で論評するのもみっともないので、この文章の中で僕が「おっ」と思ったところを抽出していきたい。

 

あるとき、アイネイアーちゃんは、エンディミオン君に、「愛してる」と言います。エンディミオン君は驚きます。相手は十二歳の子供ですし、そのような関係でもありませんでしたし、何より突然だったからです。

 

 ここ。

 僕が気がかりだった点ではあるのだけれど、西田さんはそう不快感を示されてはいない。あくまでロール・エンディミオンが真面目だからかな。たぶん、未来にそういう関係になる、今はまだ、というのを強調するためだろうけれど、ロールはアイネイアーに対して保護者としてのスタンスを崩さない。アンドロイドのA・べティックとほとんど同じ。まあ、カカシにブリキの樵夫だからな。

 あんまりこの辺は云々しない方がいいな。僕の予想は例によって、外れたわけだしな。

 

 もう一箇所引用。

 

恋人、アイネイアー、救世主。〈シュレディンガーのキャットボックス〉で目覚めたという彼。手記を書き続けている彼。箱の中で、生きているか死んでいるか不確定である、エンディミオン君の、言葉。

 

 西田さんも、ちょっと何か感じるものがあるらしい。ラストで、どうも今まで本当だとして書かれていたものが、どうやら違うらしいということになるのだけれど、それはそれで何か隠してるっぽい。

 『ハイペリオン』がそんなんだったからなあ。

 

 そして、結びの言葉。

 

エンディミオン君、最初にからかって、ごめんね。全年齢対応の冒険手記、ありがとう。

 

 ああ、やっぱりそこんところは意識にあったんだな。色々漏れ出てはいたけれど、ちゃんと抑制が効いていて、あまり気にならずに読めたってことだろう。※4

 なにしろ、あれもこれもは書けないのは確かだろうけれど、あの神父大佐について触れていない『エンディミオン』評って、なかなか無いような気がする。そこだけは予想通りかな。やはりアイネイアーが中心にくるのだろう。

 こういうのは、西田さんにしか書けまい。

 いずれにせよ、この『エンディミオン』も僕の大好きな作品だ。それを西田さんが楽しまれたのなら、それが何より。

 

 

 

 

 

 

※1 しかし、表紙がガルパンとはね。昼休みに買って職場で読むのは躊躇する。

 

※2 オタクの欲望は際限がない、というヤツだが、やはり楽しそうに書いて欲しいものだし、西田さんの文章は軽やかに量産するスタイルじゃないしな。

 

※3 ついでに言うと、寡黙で有能なアンドロイドと、ちょっとチャラい宇宙船(のAIが喋るコムログ)もいる。これって、もしかして〇〇? と言いたくなるところだけど、20年以上前の小説なんだよな。

 

※4 最初にいきなりセックスとか言い出したロール・エンディミオンが悪いと思う。