CADオペレ-タ-の仕事が
自分にまったく合わないと
認識した私。
次に選んだ職種は
ネットショップ運営でした。
最初に採用された企業は
韓国人が運営している
ショップでした。
私の前任者の韓国人が
まったく仕事が出来ていない人で
その尻ぬぐいをいっぱいしました。
商品の発送忘れや
お客様からの問い合わせを
スル-しまくり。
私が過去分を全てチェックし
お客様に電話してお詫びする始末。
ですから当然私が
入社する前のお店の評判は
最悪でした。
ところが
私が入社して
きちんと対応しだしてからは
評判はうなぎ登り。
商品自体は悪くなく
価格も低目だったので
きちんと対応さえすれば
評判を上げるのは
難しい事ではありませんでした。
しかし
この会社はほとんど
韓国人で成り立っていたため、
日本人の私からすれば
当然合わないこともありました。
その一つが
求人についてでした。
応募の対応は私にさせておいて
面談はさせてもらえなかったんです。
それなら全て自分たちで
やってほしいと思いました。
そのことを訴えましたが
聞き入れてもらえませんでした。
そのため、
この企業は退職することに
決めました。
そして次も同じ
ネットショップ運営の企業に
採用が決定しました。
そこは企業自体は
きちんとしていたのですが、
勤務時間が長く
休日も少ない状況でした。
勤務は
朝8:00~夜8:00まで。
土曜日も月の半分以上が出勤で、
しかも土曜日は本社の和歌山県まで
行かないといけなかったんです。
片道2時間はかけていました。
電車はもちろん始発電車。
勤務時間も
朝8:00~最短でも17:00まで。
今から思えば
超ハード勤務です。
こんな勤務だったので、
平日は睡魔に襲われていました。
そんなことが続き
ここはリストラされて
しまいました。
しかし
こんなハード勤務だったので、
体調を崩す前に辞めることに
なってよかったです。
そして次は
「自分でネットショップ運営を
してみよう!」
と思い立ったのです。
しかしこの考えが
甘かったことを
思い知らされたのです。
以前の2つの企業で
注文がそれなりに入っていたので、
自分でも運営出来ると
思い込んでいたんです。
しかし
いざ開業してみると
お客様からの注文は
ほぼなし。
1週間に1回あればいいくらい。
それなりに売れると
思いこんでいた私は
在庫をたくさん抱えていたんです。
しかし1年間運営したにもかかわらず
売れたのは仕入れの1/100にも
満たなかったんです。
こんな状況なので
出店を継続させるわけにもいかず、
1年で退店することにしました。
残ったのはたくさんの在庫だけ。
これは本当に大失敗でした。
今から思えば、
リサ-チもろくにせず、
「やりたい!」という気持ちだけが
先行していました。
痛い経験でしたが、
これも自分の人生の
良い教訓になったと
思っています。
でもここで開業届を出したことが
この後の私のビジネスに
役立っていったのでした。
スト-リ-⑧へと続く。


