「日本経済の黒い霧」(植草一秀)ビジネス社 2022年4月

 

 

 この本を読んだのは半年ほど前である。著者は現在ではメディアへの露出はなくなったが、以前は舌鋒鋭く政権批判を繰り広げていた気鋭のエコノミスト。小泉-竹中財政に対する批判があまりに的を射ていたせいか(?)、典型的な政策捜査により社会的生命を絶たれたに近い、と私は解釈している。政策捜査といえば、小沢一郎氏とかホリエモンとか例はいくらでもある。小沢一郎氏など、かつての権勢はどこへやら、今や地元小選挙区でも落選(比例復活)という憂き目に会っている。ホリエモンは相変わらず傲岸不遜ぶりを発揮しているが、あくまでトリックスターとしての扱いで、社会のメインストリームからははずれたところにいる。本人にとってはむしろ居心地いいかもしれない。

 植草氏について言えば、やはり現在の境遇は本人にとっては我慢ならないようすで、少し前までは自著でその恨みつらみをくり返していた。マスコミからは「ミラーマン」などというありがたくない異名を奉られ、テレビや有力紙誌で見かけることはなくなった。それでもかつての野村総研エースエコノミストとしての気力、分析力は旺盛で、著書は以前に劣らないくらい出版し続けている。

 最近の言説には、ふむなるほどと思うものも多いものの、陰謀論に近いトンデモ論もあり、逆に読み物としては面白いかもしれない。

 

■ロシアのウクライナ侵攻は、アメリカに嵌められたというニュアンスでの記述。すなわち、ゴルバチョフが冷戦終焉を米国と協議するなかで、NATOは東方拡大を行わないという約束があったにも関わらず、ソ連邦の崩壊により独立を果たしたウクライナにまで拡大を図ろうとしていた。

 2014年にウクライナの親ロシア政権が暴力的に転覆されたことに対応して、ロシアはウクライナのクリミア地方を編入し、ウクライナ政府とミンスク合意を締結した。親ロシア系勢力が支配する東部地区に自治権を付与することにウクライナ政府が合意した。この合意が履行されない中で、ウクライナがNATO加盟を申請したという経緯。

 このあたりの記述はかなりの数の識者が指摘するところであり、客観的な見解としては十分取りうる解釈であると思う。しかしながら国際世論はもちろんウクライナ支持一辺倒であり、ロシア許すまじという姿勢であるからあまりこれは大きなうねりにはならない。

白井聡の『国体論 菊と星条旗』を肯定的に引用したり、鳩山由紀夫、小沢一郎を高く評価しているあたりは、小泉政権以降の自民党に対する恨み骨髄という感情の噴出と理解しておく。ちょっと冷静さを失っているとしか言いようがない。

共著のメンバーが鳩山由紀夫、孫崎享、前川喜平とあっては思想、政治的立場が偏りすぎていて退いてしまう。

■〔尖閣諸島について〕P16 1972年の日中国交回復の際に、尖閣問題については棚上げ(将来の世代に解決を委ねる)することで合意したのは周知の事実。共同声明や条約上の文書になっていないが、政府間の合意であることは間違いない(cf.1979年5月31日読売新聞社説 参照)。それを「日中間に解決すべき領土問題は存在しない」とすることに疑問を呈している。→これはこれで筋の通った論説であると受け止めた。

■陰謀論を強くにじませた論調

 ・朝日監査法人でりそな銀行を担当していた公認会計士の平田聡氏が、りそな銀行の自己資本不足認定に強く反発していた。2003年4月22日にりそな銀行の繰り延べ税金資産の計上否認方針を議論、4月24日に平田氏が自宅マンションの12階から転落死。朝日監査法人はりそな銀行の監査委嘱を辞退し、その結果もうひとつの監査法人であった新日本監査法人が、2003年5月7日にりそな銀行の自己資本不足を伝えた。0ないし1年であれば自己資本はマイナス、破綻処理へ向かう。5年計上が認められれば自己資本規制クリア、3年分計上であれば自己資本比率規制は充足しないが、マイナスにはならない。最終着地はこの3年分計上という奇妙な結論となった⇒破綻処理はせず公的資金投入による救済。これにより株式市場は急騰、外資系ファンドが大儲け? 竹中平蔵氏は、2003年2月7日の閣議後懇談会で「日本株価連動投信(ETF)は絶対もうかる」と発言していた。

・りそな銀行救済後、自民党への融資が急増、これをスクープした朝日新聞記事(2006年12月18日)の執筆者とみられる鈴木啓一論説委員が記事掲載の前日に、東京湾で水死体で発見された。

・かんぽの宿売却 オリックス不動産へ→これは指摘の通りきわめて胡散臭い。この当時は東京地検特捜部の興味をひかなかったのかな。

・日本長期信用銀行のハゲタカへの売却 瑕疵担保特約の存在⇒融資先が破綻すればするほど利益が上がる(3年以内に2割以上毀損すれば全額が補填される)

 10億円でリップルウッドに売却。リップルウッドは1200億円の自己資本を投下、2004年2月19日新生銀行として再上場、株価初値は872円となり、この時点の時価総額は1兆1235億円、1210億円の元手が3年11か月で10倍となった。→これもよく指摘される事案。モリカケの比ではない悪質かつ明白な国益毀損案件だと思うが、野党はなぜこういうのを問題にしないのか。

■P76 財務省発表の法人企業統計によると、法人企業の税引前当期純利益は、2012年から2017年にかけての5年間に2.3倍の水準に激増しました。日本経済が平均成長率+0.6%という超低迷状態を続けるなかで、企業利益だけが5年間で倍増以上の激増を示したのです。このことは労働者の取り分が減少したことを意味します。労働者にとって最も大事な経済指標と言える一人当たり実質賃金は、2012年から2020年の8年間に6%も減少してしまいました。→これは正に指摘の通りだろう。失われた30年とはよく言うが、その間たとえばトヨタ自動車はどれだけ売上、利益を成長させたのか。従業員の賃金が上がらないのはなぜだ、とは単純素朴な疑問である。

■P122 TPPの真の目的は、巨大資本がグローバル利益を強大化するため、日本を中心とする参加国の制度を米国化するものと理解されます。TPP加盟国が、外国資本による活動を拡大させる制度を実施した場合、その制度を逆戻しすることが許されないとのルールも盛り込まれました。外国資本が利益を侵害されたと判断する場合には、国際仲裁機関に提訴し、最終判断の権限がその国際仲裁機関に与えられる制度も盛り込まれました。この制度はISD条項(ISDS)と呼ばれるもので、国家の主権を侵害するものと理解されています。(中略)グローバルに活動する巨大資本=他国籍企業の飽くなき利益極大化を目的とする国際的取り決め=条約が国家主権の上に君臨し、これに抵抗する者は、国家といえどもISD
条項を活用して容赦なく攻め潰す制度が大手を振ってまかり通っているのです。このTPPからの離脱を決定した点でも、トランプは異色の大統領だったと言えるでしょう。→TPPは識者の間でかなり評判が悪い。グローバル資本主義の象徴みたいなところがあるからかな。

■コロナワクチン接種に反対 安全性が確認されていない。接種後死亡者がインフルエンザ接種の225倍。製薬会社の巨大利権。治験が不十分なまま導入⇒一方で、感染防止より経済をまわせという一部自治体の首長を非難する趣旨の記述も。かつ世界でとられた蔓延防止措置が過剰対応であるとの記述も。→コロナ対策にはかなり怪しい部分があるのは否定できない。植草氏自身が混乱している部分もある。

■〔ロシアのウクライナ侵攻について〕P167 ロシアがクリミアを併合したことが大きな問題になりましたが、クリミア在住の住民の多くが親ロシアであり、ロシアによるクリミア併合を歓迎したという事実も存在します。

 ウクライナ情勢が急変したのは2014年のことでした。ウクライナのヤヌコビッチ政権が内乱によって転覆されたのです。この内乱を背後から操作したのが米国のネオコン勢力と見られています。政権転覆でウクライナが西側陣営に引き込まれることを警戒してロシアがクリミアの併合に踏み切りました。西側の報道ではロシアの横暴だけが強調されるのですが、ロシアの側からはそもそもウクライナの政変自体が西側勢力による介入、侵略であるとの反論が存在しているのです。

(中略)

既述したように2014年にウクライナ政変があり、親ロシア勢力とウクライナとの間で軍事紛争が勃発しました。その収拾のために「ミンスク合意」が制定されたにもかかわらず、ウクライナ政府は東部地域に対する自治権付与を全く認めず、逆にNATO加盟への動きを拡大させたのです。このウクライナの行動を背後で指揮したのがバイデン大統領であると見られています。この意味でロシアによる今回の軍事介入は、バイデン大統領によって誘導されたとの見立てが成り立つのかもしれません。⇒P268 ゼレンスキー大統領は、ミンスク合意に明記された東部地区への自治権付与の約束を無視して、ロシアとの軍事対決路線を強めたのです。その延長線上のロシアの軍事介入は、米国とウクライナの扇動による部分が少なくありません。バイデン大統領にとって、ロシアによる軍事介入始動は、支持率回復、米国産天然ガスの販路拡大、軍事産業への利益供与、子息が関わるウクライナ企業疑惑捜査封印、ロシア批判沸騰という、一石五鳥も効果をもたらすものであると言えるのです。→ウクライナ紛争が収束するには時間がかかりそうだが、戦後処理の問題、ゼレンスキー大統領の平時での統治能力、国際関係の修復等々課題は大きく重い。国連が力を発揮できない環境、組織であることが明らかになりつつあり、この先国際関係はどのようなバランスオブパワーを目指していくのだろう。私はもう寿命が尽きているころになるが。

■P192 第二次大戦後の日本において、民主主義がその力の片鱗を見せつけたことが二度ありました。一度目は1947年総選挙です。この総選挙の結果として、日本の主権者は社会党の片山哲氏を首相とする内閣を誕生させました。戦後民主化の結実と言ってよいでしょう。しかし、この民主化政治はたちまち破壊されることになります。日本統治を担ったGHQの基本路線が転換したためです。

 二度目の民主主義の威力発揮ケースが2009年の鳩山由紀夫内閣誕生です。鳩山内閣は、米国、官僚機構、大資本が支配する日本政治構造を根底から刷新しようとした政権でした。それゆえに日本を支配する既得権勢力の死に物狂いの反撃を招き、わずか9か月で破壊されてしまったのです。→存命中にしてすでに憲政史上最低の首相という歴史的評価が固まっている鳩山政権をかように評価する時点で、正常な判断能力を失っているのではないかと心配させられる。

■P202 私たちが模索するべき道は社会主義や共産主義ではなく、北欧に見られるような高福祉国家ではないかと考えます。別の言い方をすれば、資本主義に対する修正を行いつつ、同時に民主主義と自由主義の利点を確保する社会民主主義の考え方を基軸に置くことが求められていると考えるのです。→北欧型高福祉国家は典型的な重税国家だがその点は無視している。

■P210 無尽蔵、無制限の財政赤字拡大放置が、影響をまったく発生させないことはありえないのです。(中略)

 無制限、無尽蔵の財政赤字拡大を容認するのなら、そもそも税金を徴収する必要がありません。すべての財政支出を国債発行で賄えばよいということになります。税金は不要ということになります。→たしかに、素人考えでもこういう発想は素直に出てくる。ただ、これはすでに確か財政的に否定されている議論ではなかったか。もっとエコノミストらしい突っ込んだ議論を展開してほしかった。

■P219 1989年度から2019年度までの31年間に、消費税で徴収された資金は約400兆円。しかし、この31年間に個人に対する所得課税負担が275兆円軽減されています。法人税負担は300兆円軽減されています。つまり、400兆円を消費税で徴収しながら、所得税と法人税で570兆円以上もの減税を実行してきたのです。結局のところ消費税増税は財政再建や社会保障の拡充のためには1円も使われてこなかった、ということになります。→増税と減税をセットで実施することは往々あること。ただし、指摘の通り、これでは消費税導入の効果が全く減殺されてしまったという疑問はかねて感じていた。

■P226 中央政府の有形固定資産は189兆円⇔一般政府・生産資産は662兆円 この違いは?⇒建設国債等によって建造される公共インフラの所有権区分が多くの場合で、地方政府区分になっているから。したがって資産負債のバランスを判断するには中央政府ではなく、地方政府を含む一般政府で見るべき

■〔仕組まれていた新型コロナパンデミック〕その人為的背景

1.巨大なワクチン利権 2.全世界の市民行動をデジタル管理下に移行させること(デジタル監視体制の構築) 3.地球人口の削減⇒コロナワクチン接種後死者数はインフルエンザの225倍

■P231 公式統計では、日本のコロナ感染者数は2022年2月時点で全人口の4%。死者は0.02%に達していない。年率換算のコロナ死者数は通常のインフルエンザによる死者数と同水準。何の対応もしなくても人口の圧倒的多数が感染せず、死亡者が全人口の0.02%であるときに、国民全員にワクチンを強要する施策は合理性を欠いている。

■P252 ふるさと納税;自治体から自治体への税収の移転だが、両自治体の政策財源の合計は、返礼品の金額分だけ少なくなる。→全くその通り。

■P288 デルタ(delta)とオミクロン(omicron)の英語表記アルファベットを入れ替えるとメディアコントロール(media control)という言葉になる。WHOはコロナ変異株について地域名ではなく、ギリシア文字によって表記する方法をとった。地域名が偏見を生み出すことを回避するためである。ギリシア文字の文字列の順序にしたがい、αから順番に変異株名称が決定されたが、12番目もμ(ミュー)株のあとの13番目のν(ニュー)と14番目ξ(クサイ)を飛ばして命名されたのが、ギリシア文字列15位のο(オミクロン)だった。→よくこんなヒマなことを考えるものだ。これはほかでも読んだことがあり、新型コロナ陰謀論では定番らしい。

 

 全般に痛々しいという印象はぬぐえない。その品のある佇まいと穏やかな口調から「麻呂」と称された面影はもはやない、というよりその姿をマスメディアで見ることがない。仮に犯罪事実として司法上は確定した内容が、本人主張のように「天に誓って無実」であったとしても、マスコミの洪水のような報道により毀損したイメージと経済的基盤はもう戻らない。名誉棄損の訴訟でいくつかは大マスコミ相手に勝訴したようだが、そんなことを報道するメディアは当然ながらない。かつては野村総研主席エコノミスト、早大大学院教授として華々しく活躍し、日本経済新聞社アナリストランキング・エコノミスト部門第一位(1998年)石橋湛山賞(2002年)など評価も高かった人だが、政権に立てつくとこうなるという一つの証拠に違いない。