★今週の1ページ~子どものキモチ~★
個別で、対大人と上手に関わりができているお子さまに、同年齢の集団の中に入ることをお勧めしてみました。
ところが、同年齢になった途端に、そのお子さまは大人とのやり取りの練習とはまったく異なる態度を取ってしまいました。
あとからそのことについて、お子さまに聞いたところ、以下のようなことを語ってくれました。
・お友だちの行動や声が気になってどうしたらよいのか分からなかった
・講師(大人)の言うことがまったく耳に入ってこなかった
・ふわふらしたような気持ちになり、自分でもそれをコントールできなかった
これをまとめると、目の前にいるお友だちを見て緊張した。うまく関わりたくて、言葉を発するものの、うまく伝わらない。そうするうちに何をどう伝えたらよいのか分からなくなった。でも仲良くしたい気持ちはあり、色々話しをしたいけれども、どのタイミングでなにを話したらよいのか分からずパニックになり、最後は大人の指示も入ってこなくなった…という感じでした。
相手が大人であれば、大人が先読みをしてくれて、自分の言いたいことを代弁し選択肢を与えてくれます。とても楽な環境を作ってくれるのです。しかし、相手が子どもであるとそうはいきません。先読みなどしてはくれないし、自分の言いたいことを理解をしてくれることなど、ほぼありません。
このようなうまくいかなささを経験するうちに、どうでもいいやという思いとなり、同年齢の子との関わりを諦めてしまうことへと繋がるのです。
他の子との関わりを諦めてしまう前に、関わり方を教えていくことが私たちの大切な仕事なのだと思っております。
最後に、今回の事例のような子はたくさん見てきました。
彼らには関わり方のノウハウを教え、それらを身につけ、それぞれのタイミングで、少しずつうまく関われるようになってきました。
関わり方のノウハウを知っているか知らないかの差は非常に大きなことなのだと実感しています。
★講師の独り言★
ソーシャルスキルとは、社会的技能であり、つまりは対社会と上手に付き合っていくさまざまなスキルのことです。
対社会とは、対複数の人を指します。
複数の人が集まった社会という場所で、上手に人間関係を構築していくということです。
しかし、複数の人が集まれば、そこに同じ数だけ価値観があるわけです。それらの価値観に時に賛同したり、時に違和感を感じたりしながら、すり合わせをしていけるかどうかが、ソーシャルスキルの有無と大きな相関関係があるのだと思います。
すり合わせとは、相手を認める、受け入れる傍ら、自分を認めてもらう、受け入れてもらいたいという渇望が生まれるものです。
とは言え、自分を認め受け入れてもらうためには、自分のことを相手に知ってもらい、認めるに値する人だと思ってもらわねばなりません。
社会生活を送っておられる方は、人がどのようなポイントで相手を認めてもよいと思うのかは、ある程度は想像できるのではないでしょうか。
例えば、自分の良いところと悪いところをきちんと理解している、そのような振る舞いができる。
例えば、他者の良いところに目を向ける、悪いところがあってもそれを傷つけずに上手に伝えたり、そのような振舞いができる。
このような例は、私がここに記載するまでもないことなのでしょうが、こういったことができるかできないかで、自分の社会からの評価が下されるのだろうと考えます。
思いつくには簡単な事柄ではありますが、実行するにはとても難しい事柄です。
なぜなら、人は基本的に自己中心的な生き物であり、他者中心では生きられないからです。
であれば、自分を押し殺して生活すればよいのかと言えば、それは明確に否定します。
自分を活かしながら、他人も活かす。
これは素晴らしいです。ですが、まだ難しいと思ってしまいます。
自分を活かしながら、他人を活かしたふりをする。
まさしく、現実的な方法と言えませんか。
スキルとはふりをすることなのだと私は思います。
