最近は更新をめっきりしてませんでした。
私は去年、
病棟事務として病院に関わるようになり、
思いが色々重なり思い切って
専門学校を受験し見事合格し、
今年の春から学生に出戻りします
学生になるにあたり、
まず主人に相談しました。
主人はあっさり、やればいいと思うと言ってくれました。実習の期間はもちろん、普段も子どもたちの送り迎えは主人中心になることを伝え、フォローしてくれるとのこと。
そして、
病棟でも素敵な出会いが…
原発性肺胞癌で、抗がん剤治療をされてる男性。
おじいちゃんです。
そのおじいちゃんに、たくさん助けてもらいました。
6月に入職し、毎日毎日分からないことだらけで、研修してくれる人は冷たい人で教え方も下手で…
もう、続けられる自信がない日々でした。
病棟の看護師さんも慣れなくてビビってました。
そんな時、そのおじいちゃんに
「おねえちゃんが、この病棟の担当になったの?」って、スナックのおねえちゃんに喋るように話掛けられたのが最初でした。
そして、気がついたら入院してる間はなにかと
話しかけてきてくれて、
その度に少しの癒しを貰ってました。
最初は病棟に馴染めなかったけど、
そのおじいちゃんが他の患者さんにも
「あのおねえちゃんはいい人」
って言い回ってたみたいです。笑
そんな支えもあり、気がついたら仕事するのにも慣れて楽しいとさえ感じるようになりました!
「おねえちゃんの笑顔にたくさん助けてもらってるよ、ありがとうね」
「世話になったね、また来るよ」
おじいちゃんが入院する日が楽しみで仕方なかった。
そんなおじいちゃん、
年末から容体が急変。
歩けてたはずなのに、歩けなくなって、
トイレも行けなくなって…
癌は人の全てを奪うんだと、
このとき身をもって知りました。
入院すると、うるさいぐらいだったおじいちゃん。病室から出てこれない。
悲しくなって、今日上がり時間に
病室にお邪魔した。
入院した頃よりも痩せて、
ご飯もほとんど食べてなくて、
私が声をかけたらいつもの様に話してくれて
「おねえちゃんがきてくれたから、笑ってる声聞いて、少し元気になったよ!ありがとうね」
「病室でられないし、ふらついちゃって歩けないから、ちょっかい出しにも行けない」
おじいちゃんの目は少し潤んでました。
私も、泣きそうになるの堪えました。
そして思いました。
おじいちゃんの看護するまでは間に合わないけど、少しでも辛い状況の人が救われたと言われる看護師になろうって。
ここを辞めることはおじいちゃんには伝えないようにした。
悲しんだら余計悪化しそうだったから。
このおじいちゃんは、
今年入院するときも、抗がん剤をして少しでも生きたいと希望を捨てなかった。
退院まで少しでも顔だして、少しでも救われたって言われるようにしよう。
それが、おじいちゃんに恩返しできる最後のチャンスとさえ思った。
最近の思うことでした。