時雨でございます。   前回のお話⇒ ≪本当にあった話 二話≫




お爺さんは弘美に言いました。


「君には軸がない。バックボーンとでも言おうか。悲しいかな、多くの人がバックボーンを持ってないのじゃ。どんなに偉そうにしてる会社の社長であろうと、学者であろうと、このバックボーンがない人の多い事多い事。それが無い事にも気づかず我が物顔で生きてる人間ばかりじゃ。それはとても悲しい事であって、空しい事なのじゃ。」


続けて老人は言いました


「一つ、ワシから例え話をしよう。」



「君には愛する彼が居たとしよう。その彼の誕生日があって、大好きな彼を喜ばせたい!と思い、必死で作った手編みのセーターとケーキ、そして心から愛を込めたメッセージを書いて、サプライズな誕生日にしようと1ヵ月も前から計画を立てていた。彼には誕生日当日は、自分から素敵なプレゼントや催し物を用意しているから、絶対に空けといて欲しいと言ってあった。そして前日も電話で当日の事などを確認して万全の準備をしていたつもりでいた。しかし、当日になって待ち合わせの時間に彼はこない。待てど暮らせどこない。君はどんどん怒りが込み上げてくる。寒空に女一人でケーキと手編みのセーターが入った紙袋を持ち、1時間、2時間と待たされる。もう怒りが限界に来た時、彼が来た。『ごめんごめん!家に忘れ物をしてしまって、それで一度取りに帰ったんだけど、渋滞でもっと遅れると思ったから再度引き返してなんてやったらもうこんな時間になっちゃって・・・』と。」



老人は、明らかに「何だその男は」と言いたげな弘美に対して続けて聞いた



「君じゃったら、この遅刻してきた彼に何というかね?」



弘美は頭の中でイメージし、まるで自分の事ようにどんどん怒りが込み上げて来て


「それは、もちろん怒鳴りますよ。よりよって何で大事な今日に限って忘れ物なんてするのよ!昨日も電話で約束の時間守ってね何度も言ったのに!!寒空でアナタのプレゼントを2時間も持って待たされて、もう最悪!!」って言うと思いますね。


お爺さんは言いました


「そうか。そうじゃろうな。それで、怒り狂った君は、その後はどうするのじゃ?」



弘美は言った


「多分、気分も最悪だし、2時間も待たされて予約したディナーもダメだし、もう何をどうしていいから解りません!」



お爺さんは言った


「ん?それは話がおかしいのう。だって君は彼の誕生日を祝い、彼を喜ばせるためにこの誕生会を企画したのでは無かったかね?怒って彼を意気消沈させるために誕生会を計画したのかね?どっちじゃ?」


弘美は答えた


「そ、それは・・・その、だって、そんな約束を守れない彼氏なんて怒って当然じゃないですか?私じゃなくても他の女性だって絶対に怒りますよ!私は悪くないです!」



お爺さんは笑みを浮かべ更に言った


「君は自分がもっと望んでいた、彼にしてあげようとしていた事を忘れてしまい、彼を責めた。その結果、彼を喜ばせるどころか彼を意気消沈させてしまった。このように、実に多くの人がその場の感情や衝動に動かされて自分が望んでいた現実とは逆の現実を創り出してしまう。そして人生でこれを繰り返してるのじゃ。彼を喜ばせたいという目的がったのなら、遅れてきても、まだ食事を出来る場所だって他にあるし、スケジュールを臨時的に変更して彼を喜ばせる事だって出来るはずじゃ。でも君はそんな事よりも、自分の怒りの感情だけを彼にぶつけたいだけで、本来の目的を見失ってしまってる。何とも愚かじゃ。」



弘美は老人の話が的を得ており、素直に聞けている自分が居る事に気付き始めた。更にお爺さんは言った


「もし君が、人生でそれを繰り返したくないなら、まず人生を通じて最も望む事が何であるか?をはっきりとさせる事じゃ。それをはっきりと決める事が軸、バックボーンを定める事に繋がるのじゃ。多くの人間は、自分が人生で最も望むものが何か?を知らない。それゆえ、起きる出来事に翻弄され、感情や衝動に流されて生きるのじゃ」



弘美は自分の心に問うた。


「確かに・・・感情的な事に振り回されて本来の軸が私にはないかもしれない・・・」


老人は言った


「君が人生において最も望んでる事はなんじゃ?」



弘美は即答した


「もちろん、それは成功することです」


老人は言った


「成功?君にとっての成功とは一体なんじゃ?君は一体何を持って成功と言うのじゃ?」


弘美は少しイライラしてきた。そして言った


「そ、それは、成功とは、私は仕事が大好きですから、仕事で成果を出して、皆の信頼を得て出世して、もちろん給与だって沢山欲しいですし、好きな服も、車も、素敵な彼と結婚だってしたいし、そういうのを手にすることですよ。」



老人は、少し怪訝な顔で弘美を見て、髭を触りながら言った


「ヘンじゃのう。。ワシが質問した事に対して答えになっとらんな。ワシが聞いた事は、君の人生において最も望んでいるものは一体何じゃ?一番に望んでいるものはなんじゃ?と聞いたのじゃ。」


弘美はもっとイライラしてきて強い口調で言った


「ですから、私が最も望む事は先にも言った、成功ですよ。自分の好きな仕事で結果を出して、お金持ちになって、服も、車も、家も買う事です!」



老人は更に怪訝な顔をして言った


「なるほど。。でも、君の言ってる事がワシには疑問に思えてならん。全く合点がいかん。」




老人は、弘美にある事を悟し始めます・・・・



続きは本当にあった話  四 話 でお話します。



つづく





時雨でございます。   前回のお話⇒≪本当にあった話  一話≫



山口弘美は勝気な女性でした。勝気じゃないと男ばかりの職場で戦ってはいけません。でも、それは仮の姿であって、本当は自尊心の弱い、とても繊細な女性でした。幼少頃から両親が自営業で忙しく、弟や妹の面倒を見なければならず、自分が甘える場所も、そして甘える事も知らなかった弘美は、常に自分を強く見せないといけない立場で育ったため、自尊心なども傷つかないようなバリアをはる癖がつき、自分が頑張る事で、自分が能力を上げる事で、自分が他よりも強い人間であると思いこませる事で、自分の立場を守ってきた女性だったのです。



ただ、世の中はそんなに甘くはありません。次々と課題をつきつけ、時には理不尽極まりない制裁すら飛んでくるのです。特に昭和40年代などは、まだまだ男尊女卑が酷く、何かを言えば「女のくせに何を生意気な!」と言われる時代です。そこで闘い続けようなどという行為自体が、他の平凡な女性から見ても「なんて無謀な事を・・」と思われるような行動派で勝気な女性、それが弘美だったのです。



部長と、自分の部下からの裏切りをされ、会社も解雇され、一人途方に暮れて、毎日毎日弘美は考えました。


「一体私の何が悪いって言うの?」

「女だと思って差別をして・・絶対に許せない!」

「独立して、彼らを見返してやりたい!」

「法律が許すなら、本当に殺してやりたい!」

「恩も知らず裏切り、なんて卑怯な男達なのかしら!」


とにかく、納得できない不満が怒りとなって、毎日毎日弘美の心の中をぐしゃぐしゃになるまで掻きまわし、この怒りをどこにぶつけていいのか解らず、最後は怒りが悔し涙に変わり、空しくて力尽きる、家に引きこもり活力もでず、毎日が抜け殻のような生活をしていました。


そんなある日、あまり家に閉じこもっていてはいけないと思い、気分転換に散歩をしようと近くの公園までいきました。そこで弘美はベンチに座り、子供たちがサッカーボールで戯れて遊ぶ姿を頬杖をつきながらボーっと見てました。


すると、弘美の目の前に杖をつきながら白髪白髭のお爺さんがニコニコとして笑顔で近づいてきて、こう言いました。


「冴えない顔じゃの?まだ若いのに、綺麗な顔が台無しじゃ。若い女性はもっと表情豊かにしてないとな。頑張り過ぎじゃ。顔に出とる。何をそんなに片意地はっておるのじゃ?」と。更に続けて


「人生には人に騙されたとか、裏切られたとか、そういう事もあるだろうけど、でもその原因は全部、自分にある。それを知らずしてただ怒りに任せて生きても何も解決はしない。今のアンタの顔を見てると、何も解ってないようじゃな」



弘美は思いました。


「何だろう?この御爺さんは。いきなり話しかけてきて、言いたい放題。。でも、何で私の今の状況が解るだろうか?」と。


弘美はお爺さんに言いました


「あの、どうして今の私の心境が解るんですか・・?まさに、仰る通りで、ビックリしてます。そうなんです。実は、最近仕事で裏切りがあり、解雇され、そして日々途方に暮れてる状況でして・・・お恥ずかしながら・・もう2週間も無職のまま仕事も探さずに日々ダラダラと過ごしてます。誰にも相談できずに苦しくて・・・うぅぅぅ」



弘美は自分で話しながら涙が出てきました。


お爺さんは言いました。


「実はな、ワシはある人物から依頼されてきたのじゃ。その人物が誰かは今は言えん。ただ、君がもっとも信頼できる人間からの依頼じゃ。そして、先に言うが、君は今、心身も、仕事も、全てが最悪な状況にあると思い込んでる。でもそれは違う。今の君はワシから見て、これほどまでに幸せな女性はいるかな?と思うくらい良い状況にある。だからワシは、君にまずこう言いたい。『良かったね』と。」



弘美は思った。

「もしかして・・・暇つぶしの説教爺さんの戯言にでも捕まってしまったかな・・・?」と。



「あの、私は心底、落ち込んでます。そして悩んでますし、この先もどうして良いのか解らずに苦しんでます。その私に向かって、いきなり『依頼されてきた』とか『良かったねう』とか、馬鹿にしてるんですか?ふざけないで下さい!もう帰って下さい!」



お爺さんは言いました


「いやいや、そう熱くなるな。悪かった。そうじゃな、確かにその通りだ。じゃあこうしよう。ワシは君が今回の問題、悩みをキッカケとして、今までが比較にならない程の人生の飛躍をする、そしてその飛躍をしっかりとやり遂げ、順風満帆な人生を歩み続ける事を知ってる唯一の人物である。そして、それを達成するに十分なほどの才能と可能性を秘めてるのが、君じゃ。君自身じゃ。それを教えに来たのじゃ。」



弘美は思った


「このお爺さんの佇まい、オーラ、そして自信満々の説明、そして私を見る確信に満ちた眼力、何かを知ってる。只者じゃないのは私にも解る・・・気味が悪いけど、もう少し話を聞く価値はありそうだわ・・」



「あの、正直、いきなりの事でビックリしてます。一体、どこからどこまでの話を信じて良いのかも解りませんが、今の私が苦しみ、藁をも縋る思いで現状から脱却したいというの事実です。なので、もし私に何かアドバイスを頂けるなら聞いてみたいと思います。」



お爺さんは、老人独特の線香のような臭いを漂わせて答えました


「そうかそうか。よし解った。よいか?人生には予期せぬトラブルや問題はつきものじゃ。それを回避しようと考える事自体が問題なのじゃ。何故なら、それは回避できないからじゃ。それらに出合った時にどう生きるか?で人生が大きく左右される。ただ闇雲に感情に任せて一喜一憂していては益々ことを悪化させるだけじゃ。君には軸がないのじゃ。中心となる軸がない。だから問題があると直ぐにブレるのじゃ。」



弘美は言った


「軸・・ですか?軸と言われても・・・」



「軸とは、自分に起きる出来事を判断するときに、ブレない、しっかりとした価値基準の事じゃ。過去の偉人を見てみなさい。彼らには必ずゆるぎない軸があった。軸があれば自分に起きた問題の意味を正しく理解し、自分が次に何をすれば良いかを知る事ができる。まず、真の心の豊かさを実現するには自分の中心となる軸を定める事がポイントになるのじゃ。」



弘美は言った


「中心の軸ですか・・?私も大手の会社で女ながらに課長職をやっていたくらいですから、それくらいの自己啓発なり哲学、軸は持ってるつもりですけど・・?」



「そうかね?ワシには君が軸を持ってるとは思えなんな。」




とこういった問答が繰り広げられ、お爺さんは弘美に軸がない事を看破する質問をしました。その質問とは・・



続きは本当にあった話  三 話 でお話します。



つづく






時雨でございます。


本日より、本当にあった話と題し、皆様に【人生を変えるための秘密】をお話していこうと思ってます。こういった形でこの御話をするのは初めての事でして、私らしからぬ形であると思ってます。ただ、先日の夫の死もあり、今までとは少し違った形での表現をしてみるのも良いのかな?と思い、文章化して皆様にお伝えしたいと思いました。



また、私は霊能力がある人間であり、このブログでは形容してお伝えできない事なども体験し、そしてその能力を活かしてご相談者の方を導く行為もしております。そちらの仕事が私の中心になってます。このような形で記事を書く事は二次的な事であり、少しでも手放しで皆様に人生のヒントをお伝えできれば?と思い書く事を決意しました。


この記事などとは別に、私からの霊視による鑑定などをお求めの方は、メッセージの方にご連絡下さい。



今からお話する事は、全て真実です。今から40年くらい前、1970年代です。日本が高度成長期の頃になります。当時、25歳の山口弘美(仮名)という女性がいました。彼女はある会社(金融関係)の営業職で、当時の女性では珍しく出世頭として男性の中に混じり手腕を振るっていました。弘美さんは当時では珍しくバイリンガルで、ビジネス英語を話す事が出来ました。それと勝気で社交的な性格もあり、男性陣の中に入っても遜色ない仕事振りが出来たのです。


当時の彼女は慢心でした。それもそのはず、男性の部下を10人も従え、自分は女性では唯一の課長職を全うし、年収も一般サラリーマンの3倍はありました。仕事の成績もよく、企画も全て成果を出し、まさに飛ぶ鳥をも落とす勢いとはこのことです。



そんなある日のこと、彼女がいつもように営業先から19時頃帰社し、部下の業務報告を受けようと当時の直近の部下である笠野圭吾(仮名)に話しかけました。


「笠野さん、今日の業務報告をお願いします。」と。


そうすると、何か余所余所しい態度で他の部下と目合わせをして、何か言いたい事でもあるかのように、寄ってきました。そして彼は言いました。


「課長、折り入って話があります。」と言い、他の部下3人にも声をかけて、彼女のデスクの前に4人が並びました。


「実は、僕達は会社を辞めようと思ってます。理由は、女性であるアナタの部下としてこれ以上従うのが嫌になったのと、自分達の力を合わせて新たな会社を作れば今よりもっと成功できると思ったからです」と。


当時は男尊女卑の時代。必要以上に女性が目立つだけで、理不尽に妬まれ嫌がられる時代でした。彼らは仕事は出来ましたが、戦後に産まれた世代です。やはり女性の下で仕事をするというのが耐えられない、屈辱であるという意識が拭い去れないかったようです。



また、傲慢な敏腕課長でもありましたから、知らず知らずのウチに部下達の心に慢心から発生する威圧を与えていたのも否めません。それら些細な事が数年蓄積され、とうとう、部下達の中で「あの女課長の元に居たら自分達の出世も知れてるし、ずっとあの女よりも下の立場でこの会社に勤めないといけない」という事になったのでした。




「もう部長には言ってます。課長には部長から今回の件で話があると思います。」




彼女は激怒し言いました



「貴方達には男として意地もモラルも勇気もないんですか?私が女であるとかそんな事を理由にこんな謀反に近い行為をして・・・裏切りと同じじゃないですか!!」



笠野が言いました。



「僕達は別に裏切ったなんて思ってません。ただ、嫌になったのです。嫌になったのに理由を言う必要はないです。嫌なものは嫌なのです。それに、顧客は僕達営業マンに付いてますから、課長だけに付いてる訳ではないです。僕達は僕達のやり方で会社を興し、自分達の夢を叶えます。すいませんが、今月一杯で辞めさせて頂きます。」



と、彼らは半ば笑みでも浮かべてるかのような顔で言いました。




弘美は唇から血が滲み出るほどに噛みました。「自分が女性であるという理由だけで馬鹿にされている」という事実から避けらない、巨大な社会のシステム、この国の常識、差別に対して、自分が何もできない非力な存在であることが悔しくて悔しくて涙したのです。



また、部下として少なからず信じていた彼らに、彼らだけは女性の上司だとしても慕って付いてきてくれていると信じ切っていた自分の愚かさ、情けなさ、色々な感情が入り混じり、叫び散らしたいほどの怒りが込み上げてきました。




冷静さを取り戻し、彼女は部下達に言いました。




「君達の言いたい事は解りました。ただ、今期の成果最終を目前に、このタイミングで言うのはどうなんでしょう?ケジメがないのでは?また、部長だってこんな形での辞職を受け入れないと思います。」




すると、笠野がまた笑みを浮かべて言いました。



「いえ、大丈夫です。部長には了承を得てますから。部長はよくお分かりのようでしたよ。」



と意味ありげに言うのです。彼女はその余裕綽綽な笠野の態度にとうとう我慢ができずに、怒鳴りました。




「女だと思って馬鹿にするんじゃないわよ!貴方達みたいな皮肉屋な部下を誰が今まで面倒見てきたと思ってるのよ!ふざけるんじゃないわよ!」



と爆発し、すぐさま部長室へ。





部長室には、部長が待ってましたと言わんばかりの顔で椅子に座ってました。



「山口君か?まぁ座りたまえ。笠野達、4人の辞職の件だろ?もう聞いてる。困ったね。困ったもんだ。僕も君が女性であっても有能であると認めていたからこそ、課長職として彼らを任せていたが、こういった反乱行為をさせるような管理状況では非常に困る。何か君にも問題があるのではないかね?」



「いえ、私には特に落ち度も問題ありません。ただ、彼らが自分達の利害と、私が女性であるという事だけの理由で謀反を起こそうとしてるのです。あれは我が社にとっても裏切りです!断じて許してはいけません!部長!」



部長は、何か全てを計らっているかのような目つきで話し始めました。



「山口君、この世界は、金と権力なんだよ。無駄に率直に正義感をもって女が口をはさむ世界じゃないんだよ。解るかね?会社なんていうのは、従業員を駒のように扱うものなんだよ。僕は駒として終わるのはまっぴらゴメンだがね。君は駒として働くに相応しい女性だ。ハハハ。悪いが、今月で君はクビだ。理由は、部下の管理ミスと、先日のA社との取引破棄にしてしまった罪の償いだ」



「部長、そんな、あんまりです!どうして私がクビなんですか!部長!!」


と、彼女は一方的な部長の制裁を受けました。会社としても女性の管理職ですから、特に貴重な存在であるとは思ってなく、部長の申告を信じて解雇をすんなりと受け入れました。


それから直ぐに解った事ですが、顧客リストから社内機密情報などを持ったまま、その部長と部下数人は会社を辞めて独立したと聞きました。


全ての黒幕は部長であったのです。自分が独立し、そして優秀な部下を連れ、顧客情報からノウハウなども全て持ったまま独立するには、彼女の存在が邪魔だったのです。だから山口弘美という課長職を退かせ、密告者が居なくなってから自分達の思い通りの動きをするための最初から描かれた策略だったのです。




つづく







時雨でございます。

先日、私の夫がこの世を去りました。享年70歳です。

昨年の11月に脳梗塞と診断され、半身麻痺し、言語障害も出て、この4ヶ月間という時間を夫の闘病生活にあてておりました。心身共にとても大変でしたが、とても幸せな時間でした。夫の体が不自由になり、そして言語にも障害が出て、従来のコミュニケーションが交わせなくなった事で、逆に今まで以上に夫婦愛が深まりました。目は口程に物を語ると言いますが。私にはそれが伝わってきました。

「ありがとう。ありがとう」という言葉を何度も言っている夫の目が、私にはとても嬉しく、そしてこの男性と恋に落ち、子を産み、そして歳を重ね、今こうして臨終までを迎える時まで一緒に居れた事、そして心と心を通じ合わせられていること、この事実が嬉しく、そして感謝の気持ちで一杯になりました。

私は霊媒師です。霊的な能力を持っている特殊な人間です。自分の夫の余命が残り僅かなことは、もしかすると夫よりも分かっていたかもしれません。また、夫も自分の行く末を本能で理解しているようでした。今の時代では70歳で人生の幕を閉じるのはけして長生きとは言えません。だけれども、私には長生きが人間にとって良い事であるという結論でないことを知っています。


人は、宇宙のリズムの中で生かされているものであり、一人の意思だけで勝手に生きてるものではありません。使命があり生きております。その使命を全うした時に、その肉体の活動を終えるのです。魂という意識の根幹があり、その魂が脳を意識付けさせ、そして脳が肉体を物理的な命令で動かす。このメカニズムが、使命の全うと共に終わりを告げる。そしてまた来世に新たな使命を授かり、生まれる。終わりは始まりであり、始まりには終わりがある。


臨終の時、夫に私はこう言いました 「ありがとう。また会いましょう。」と。そして夫は語らない口に代わりに語る目でこう私に言いました。「おめでとう。また会えるね。」と。それが何を意味するか、私には直ぐに分かりました。


最愛の者との今生の別れは悲しいものであると、まだまだ未熟であった若い頃には思ってましたが、どうやらそれは違っておりました。私は今年で66歳になります。夫を失い、こんなに晴れ晴れとした気持ちになるとは。それは、またこの夫と会えるのだという確信と安心感です。


彼と私が、深い縁で結ばれており、そして来世もまた出会い、恋をし、結ばれ、子を授かり、そして夫婦で使命を果たす、それが確信できたことに安堵の気持ちと、期待と、そして感謝の気持ちで一杯になりました。


私はどうやら、まだまだ今世で使命を全うしないといけないようです。それが5年なのか、10年なのか、それとも20年か、まだまだ死ねないというのだけは、霊媒師として、本能で分かります。それだけは鮮明に分かります。


自ら簡単に命を絶つ人が多い今、その生命の意味と大切さを教えることが私の使命であります。また日本には数えきれない程の不幸を背負った人々が居ます。不幸は自分の心が決めるものですが、不可思議で人間の力を超えたものによって齎される不幸があるのも事実です。


願わくば、私を母と呼び、皆様の人生の幸福案内人としてお役に立てればと思っております。人は生きてるのではありません、生かされているのです。それを紐解くお話を日記にて随時していきたいと思っております。


また、私の本業はブログ記事を書く作家ではなくて、霊能力がある霊媒師です。日本は「霊媒師」と言えば誰でも霊媒師になれてしまう、法的にも整備のない国です。占い師も同じです。ですから詐欺紛いなお話もよく聞きます。


ですが、私のようなお婆さんが言う戯れ事を真剣に聴き、そして敬い、相談を求めて訪れる人が後を絶ちません。私は本当に感謝感謝、これ以上の感謝すべきことはないと思ってます。力の限りご相談に乗りたいと思っておりますが、私の身はひとつでございます。物理的にも対応の限界がございます。返事が出来ない事もあります。また遅れることも。何卒、ご了承頂けると幸いでございます。



時雨、2月3日



時雨が霊視で解決します。-越前かに


生まれ故郷の福井に帰省したときに必ず食べるのが越前ガニです。


とても美味しいので、気がついたらどんどん食べてしまします。


でも、私ももう歳なので沢山食べると胃腸に負担がかかって次の日が辛くなります。。


若い人だといくらでも食べてしまいますからね!!若いって本当に凄いことです!!



蟹ですが、人間に食べられるくらいの大きさになるまでには数年から10年以上は経ってます。


でも、その長い年月で成長して、人間に食べられる時にはわずか数十分です。


これには何か無常というか、生命とは?を考えさせられます。。


こんな事を考えながら蟹を食べてる人も私くらしかいないかもしれませんが。。。


美味しいものも美味しくなくなりますね(笑)



ですが、人間は全ての出来事に対して違った角度から物事を見ることで常に新鮮な収穫があるものです。


それは65歳を過ぎた私でさえ未だに日々感ずるのですから、好奇心旺盛な若い世代はもっとアンテナを広げて意識してい生きていれば、もっと深く吸収するでしょうね。



話は変わりますが、今日、以前から霊視鑑定していた女性がボロボロの人生から再婚に成功し、念願の出産を経て、私に謝礼としてカニを送ってくれました。何だか気をつかわせて悪いなと思ったのですが、そのカニですが、生きていました。木屑の中に入っていたのですが、私と目があった瞬間に、観念したのかいきなり動かなくなりました。


「何だろう?」と思って手にとったのですが、もう全く動かないのです。不思議です。


「どうぞ、僕を食べてください」と言わんばかりの無言のオーラを出して身動きしません。


こういう現象を見ると、人智を超えた何かが働いているとしか思えません。



時雨。