時雨でございます。

先日、私の夫がこの世を去りました。享年70歳です。

昨年の11月に脳梗塞と診断され、半身麻痺し、言語障害も出て、この4ヶ月間という時間を夫の闘病生活にあてておりました。心身共にとても大変でしたが、とても幸せな時間でした。夫の体が不自由になり、そして言語にも障害が出て、従来のコミュニケーションが交わせなくなった事で、逆に今まで以上に夫婦愛が深まりました。目は口程に物を語ると言いますが。私にはそれが伝わってきました。

「ありがとう。ありがとう」という言葉を何度も言っている夫の目が、私にはとても嬉しく、そしてこの男性と恋に落ち、子を産み、そして歳を重ね、今こうして臨終までを迎える時まで一緒に居れた事、そして心と心を通じ合わせられていること、この事実が嬉しく、そして感謝の気持ちで一杯になりました。

私は霊媒師です。霊的な能力を持っている特殊な人間です。自分の夫の余命が残り僅かなことは、もしかすると夫よりも分かっていたかもしれません。また、夫も自分の行く末を本能で理解しているようでした。今の時代では70歳で人生の幕を閉じるのはけして長生きとは言えません。だけれども、私には長生きが人間にとって良い事であるという結論でないことを知っています。


人は、宇宙のリズムの中で生かされているものであり、一人の意思だけで勝手に生きてるものではありません。使命があり生きております。その使命を全うした時に、その肉体の活動を終えるのです。魂という意識の根幹があり、その魂が脳を意識付けさせ、そして脳が肉体を物理的な命令で動かす。このメカニズムが、使命の全うと共に終わりを告げる。そしてまた来世に新たな使命を授かり、生まれる。終わりは始まりであり、始まりには終わりがある。


臨終の時、夫に私はこう言いました 「ありがとう。また会いましょう。」と。そして夫は語らない口に代わりに語る目でこう私に言いました。「おめでとう。また会えるね。」と。それが何を意味するか、私には直ぐに分かりました。


最愛の者との今生の別れは悲しいものであると、まだまだ未熟であった若い頃には思ってましたが、どうやらそれは違っておりました。私は今年で66歳になります。夫を失い、こんなに晴れ晴れとした気持ちになるとは。それは、またこの夫と会えるのだという確信と安心感です。


彼と私が、深い縁で結ばれており、そして来世もまた出会い、恋をし、結ばれ、子を授かり、そして夫婦で使命を果たす、それが確信できたことに安堵の気持ちと、期待と、そして感謝の気持ちで一杯になりました。


私はどうやら、まだまだ今世で使命を全うしないといけないようです。それが5年なのか、10年なのか、それとも20年か、まだまだ死ねないというのだけは、霊媒師として、本能で分かります。それだけは鮮明に分かります。


自ら簡単に命を絶つ人が多い今、その生命の意味と大切さを教えることが私の使命であります。また日本には数えきれない程の不幸を背負った人々が居ます。不幸は自分の心が決めるものですが、不可思議で人間の力を超えたものによって齎される不幸があるのも事実です。


願わくば、私を母と呼び、皆様の人生の幸福案内人としてお役に立てればと思っております。人は生きてるのではありません、生かされているのです。それを紐解くお話を日記にて随時していきたいと思っております。


また、私の本業はブログ記事を書く作家ではなくて、霊能力がある霊媒師です。日本は「霊媒師」と言えば誰でも霊媒師になれてしまう、法的にも整備のない国です。占い師も同じです。ですから詐欺紛いなお話もよく聞きます。


ですが、私のようなお婆さんが言う戯れ事を真剣に聴き、そして敬い、相談を求めて訪れる人が後を絶ちません。私は本当に感謝感謝、これ以上の感謝すべきことはないと思ってます。力の限りご相談に乗りたいと思っておりますが、私の身はひとつでございます。物理的にも対応の限界がございます。返事が出来ない事もあります。また遅れることも。何卒、ご了承頂けると幸いでございます。



時雨、2月3日