お彼岸の花を墓に供えた人物の正体 No.393 2月6日発
秋のお彼岸の朝、Kさんは朝から緊張していた。今年こそ、誰が両親が眠っているお墓に花を供えているのか、その正体を突きとめたい、と思ったからだった。
お墓に白や黄色の菊の花が供えられるようになったのは、昨年の春からだった。それ迄は、両親が亡くなってから約10年、墓守りは一人娘のKさんの仕事だった。
それが昨年からお彼岸やお盆になると、きれいにお墓の掃除がされていて、墓の周りの雑草も取り除かれ、季節の花が供えられるようになったのだ。きっと両親にゆかりの人物がやっている、と思われるのだが、その見当がまるでつかない。しかし、どうしても気になって仕方がなかった。
Kさんの実家は靴職人だった。両親がつつましく、朝から晩まで革製品を手造りで靴に仕上げる仕事を、Kさんは傍で見て育った。
彼女が60歳になった時、両親が次々と大病を患って倒れてしまい、やがて家業は跡を継ぐ者もないまま閉めた。
【ついに現われた人物の正体】
浅草にある墓地に着いたのは、朝の8時過ぎだった。9月のお彼岸の頃になると、めっきり朝夕の風が身に染みるようになってきた。
墓は、お盆の頃お参りした時と変わりはなく、墓石や墓の周りには枯葉が落ちていて汚れが目立っていた。一旦、墓の状態を確認してから、離れた所に身を潜めるようにして、時間の経つのを待った。
冷たい風が時折襟元から忍び込み、余計緊張感を高めた。
時計の針が9時半を回った頃だった。よぼよぼとした老人が一人、墓に近付いていく。そして、手に持った掃除道具でお墓の掃除を始めた。その様子をKさんは固唾を吞んで見詰めていた。
【55年目の再会】
そして、きれいな白い菊の花が供えられたのを見届けてから、Kさんは老人の背中に声をかけた。
「あのう、どなたでしょうか?」という声に驚くようにして振り返った老人の顔を見ても直ぐには、その人物が裏切り者の犯人であることがわからなかった。
やや沈黙がつづいた後「源治です。」と男は弱々しい声で頭を下げた。その声を聞いた瞬間、Kさんの脳裏に、55年前自分を捨て、女と関西方面に姿を消した靴職人だった
許嫁(いいなずけ)との記憶が甦(よみがえ)った。
【召される前に詫びたくて】
どれ位時間が経っただろうか。
墓石の側に座りこんだ彼は、まるで懺悔をするように語りつづけた。そして、一言しゃべるごとに涙を目に浮かべて、
「ごめん、ごめん」とKさんに詫びつづけた。「オレ、どうしても靴職人は性に合わないと思って、あんたの両親もあんたも裏切って浅草から逃げた。それから50年、みんなのこと忘れたことは一度もなかった。あんたが、風のたよりで、その後所帯を持たずにいることを聞くと、ほんとうに死ぬほど辛かった。
バチが当たったのか、一緒に逃げた女はその後すぐ姿を消してオレ一人になった。あんたや親方に何としても詫びたい、と思ったが、その勇気がなかった。
だけどオレもあと数年の命、と医者から告知され、気が変わった。
あんたには、合わす顔がないけれど、せめて召される前に親方の墓に花を手向けて、生前の悪事を少しでも詫びたいと思った。」
最後は声にならない声で、彼は泣きながら腰を上げると、墓石を抱き締めて肩を震わせながら両親に詫びた。そして、Kさんの方を振り返り、「ひどい男と恨んでくれ、もうこれで二度と会えないと思う。ごめんよ。ほんとうにごめんよ。」と泣きじゃくった。
その姿には、すでに死相が現われていた。
東スポ 男の羅針盤「男の生き方、男の死に方」編より