下町の助っ人走る No.394 2月8日発

 

 去年、後期高齢者の仲間入りをしたYさんは、ふた月に一度、年金が振り込まれる通帳を見ながらため息をついている。そのため息は、ひとつ歳をとるごとに大きくなるばかりだった。

 Yさんの年金は国民年金で、受給額はひと月5万円だった。ここから介護保険料などが引かれるので、実額は4万なにがしかになってしまう。この金額で、この先老後を暮らしていけるだろうか。答えは直ぐに出た。考えるまでもない。絶対に生きていくことは出来ない。

 Yさんは、そう諦めて65歳になった時から、夜のアルバイトで生計を立てることにした。

 両親が健在な頃から、同じ町内で親しくしていた人が経営する飲み屋で、下働きや客の話し相手になり、何とか生きてこられた。

【コロナで先が見えなくなった】

 コロナの感染拡大で、一番ダメージを受けたのは夜の飲食店かもしれない。客足が落ちただけではなく、営業の時間短縮がしばしば起こるので、どの店も収入が激減している。

 3年前は月に12、13万あった収入が今ではその半分に減っている。

 これでは、一人暮らしの安アパートの賃料さえ払えない。

【下町の救世主】

 あるとき、時々店に飲みに来る不動産屋の主に、Yさんは思い切って悩みを打ち明けた。

「家賃の3万も無理とはひどい話だ、いや、部屋ならワシのところも空室だらけだから、もっと安く貸してもいいよ」その言葉にYさんは、小躍りして喜んだことは言うまでもない。それからが大変だった。

 話を聞いてくれた社長は、町内会の役員をしていて、いわば住民の世話役の役目を引き受けている。彼は早速役員会を開き、Yさんのような金欠の女性が他にもいるはずだから、何としてもこの下町で生きていけるようにみんなが助っ人になるべきだと力説した。そして、彼女がこのコロナ禍での難局を乗り切れるまで、助けようという相談がまとまった。

【ついに医者の私にとばっちり】

 言い出した以上、自ら身銭を切って助けることは覚悟していたようだった。

 今、彼女が住んでいる家主に交渉して家賃は半額になった。

 次は、アルバイトの収入だが日中は不動産屋の電話番をさせて月4、5万の臨時収入を稼がせることにした。

 次に狙われたのは私の診療所だった。

 半ば強引にトイレと病室の清掃をやらせて欲しいと言ってきた。

 その時の、彼の私への説得が強烈だった。

「先生はいつもヘルパーがいない看護師がいないって嘆いているけど今度の女性はここにピッタリ合ってると思う。よく働くし頭もしっかりしている。それに女としての色気もたっぷりと残っている。鼻の下の長い先生にはうってつけの女性だと思う。時給の他に少し特別手当を出して面倒を見てよ。」

 私は、呆れかえったが、嫌と断るチャンスを失っていた。

「掃除のバイトは助かる。ちょうど探していたところだから直ぐにでも来てくれていいよ。ただ気になるのはちょっと歳をとっていて持病もある。悪くなったら困るなあ。治療しながら働くのはどんなものだろうか?」

「何言ってんの病気の治療ならお手のもんでしょ。体のことは彼女も気にしてたけれどオレ言ってやったんだよ。あの先生は商売は下手だけど腕は確かだ。それに下ネタが得意でテレビなんかで話をさせたら天下一品だ。大丈夫。女の世話するのうまいから安心して稼いでくれ。」

 本当にひどい説得力だ。開いた口が塞がらない。ただ彼の強引さには少々腹が立つがともかく金欠の高齢者は救わなければならない。と覚悟した。

 

東スポ 男の羅針盤「男の生き方、男の死に方」編より